加速器科学に期待する |
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ラザフォードはイギリス・キャベンディッシュ研究所に在籍した原子核物理学の巨人である。既に1927年、彼は、核崩壊から出てくるアルファ線やベータ線よりもずっとエネルギーの高い原子や電子を人工的に大量に作りだすこと、を目標に据えている。彼の夢は1932年に実現する。同研究所のコッククロフトとウォルトンが陽子を70万電子ボルトのエネルギーまで加速し、ビームとして引き出すことに成功したのである。真空ダクトの中に70万ボルトの直流電圧を印可した当時としては大型の装置だった。原子核の発見者ラザフォードと中性子の発見者チャドウィックが見守るなか、陽子ビームはリチウム原子核を破壊して2つのヘリウム原子核を作り出した。加速器ビームによる史上初めての原子核実験である。 同じ年、大西洋の向こうアメリカでは、ローレンスが全く違う原理の加速器を発明した。ビームをぐるぐる回しながら高周波電力で加速するサイクロトロンである。直径たった30cmの装置、数1000ボルトの高周波電圧で、122万電子ボルトの陽子ビームを作り出した。そして直ちにリチウムの核破壊実験に成功する。 第2次大戦後、ローレンスの発明した円形加速器は種々の改良、発明を加えて急速に巨大化する。宇宙線を使って細々と研究を続けてきた素粒子物理学者は、加速器が作り出す高エネルギーで圧倒的な強度の粒子ビームに飛びついた。続々と出てくる新発見、そしてますます増える新しい謎。その謎を解くためにさらに強力な加速器が必要になる。このようにして、加速器のエネルギーは10年ごとに6倍ずつ指数的に増えていった。それでもエネルギーが不足し始めたとき、ビームを標的に当てるのではなく、2つのビームを正面衝突させる衝突型加速器が発明され、核反応のエネルギーは一気に飛躍する。衝突型加速器のためにビームを長時間円周上に蓄える蓄積器と呼ばれる新しい装置が発明された。 ローレンスの後継者達は、すでに1940年代、加速器ビームをがん治療に利用することを提案している。彼らの本心はというと、加速器の建設資金を獲得する方便として言い出した、という説も否定しきれないが・・・。しかし、この提案は大きく発展し、粒子ビームが実際にがん治療に使われるようになったことはよく知られている。 電子を加速する円形加速器には一つ難点がある。電子ビームはエネルギーが上がるにつれて光を発しはじめ、X線も出しつつ急速にエネルギーを失う。1960年代、この光を見た物理学者がX線や紫外線発生器として電子加速器を使うことを思いつく。放射光利用の走りである。衝突型電子加速器用蓄積器が発明されると、その装置はたちまち放射光発生器に利用される。利用の範囲も急速に広がり、放射光は物理以外に化学、生物、工学とあらゆる分野で利用されるようになった。 エネルギーの非常に低い中性子は波として振る舞い、光のように物質の内部を「見る」手段として使える。中性子は原子炉から大量に発生するが、高エネルギー加速器で強力なパルスとして作ることも出来る。1980年代、物理学者は、加速器からの中性子を物質構造解析に利用し始めた。放射光と同じように利用範囲は科学研究のあらゆる分野に広がっていく。ミューオンという素粒子がある。電子とまったく同じ性質を持つが200倍ほど重いところが違う。ミューオン自体まだ素粒子物理学の研究対象であるが、ミューオンを使った物質科学も我が国で開始された。 今後、加速器は核廃棄物の処理等応用がさらに広がっていく。21世紀、加速器科学は産業を支える基盤科学の最も重要な分野となるだろう。 現在ヨーロッパに建設中のLHC陽子加速器は、周長27km、ビームエネルギー7兆電子ボルトである。ローレンスの作った70年前のサイクロトロンと比べると、直径で30000倍、エネルギーで600万倍になった(反応エネルギー換算だと1億倍)。加速器の進歩は到達エネルギーや規模の面でついに限界にきた、という意見をよく耳にする。確かに、次に来たるべき加速器の新しい概念はまだ生まれていない。当面の課題は、さらに大強度のビームや、ミューオンや不安定原子核など変わった粒子の加速である。しかし、宇宙からはLHC加速器の1000万倍を超すエネルギーを持った宇宙線が地球に降り注いでいる。この宇宙線を作っている加速機構が宇宙のどこかに存在するはずである。宇宙に出来ることは人間にも出来よう。宇宙を凌駕する加速器を作ってほしい。次世代加速器の新しい発想は宇宙の奥深くにあるに違いない。これは、宇宙線研究に携わってきた筆者のあまり根拠のないカンであるが・・・。70年前のラザフォード、コッククロフト、ウォルトンやローレンスのように、我々は、科学に対する情熱を燃やし未知未踏の分野に踏み出す勇気を持ち続けなければならない。 (文部科学時報、平成14年7月号巻頭言) |