【論文紹介】キセノン136の「ニュートリノを放出しない4重ベータ崩壊事象」の探索 2022年9月14日

素粒子の1種であるニュートリノは他の粒子とほとんど反応せず、質量は極めて軽い(電子の質量より6桁以上小さい)ことが知られています。 現在の主流な考えでは、ニュートリノがその反粒子である反ニュートリノと同一粒子であると考えられ(そのような粒子をマヨラナ粒子とよびます)、その場合ニュートリノの極端に軽い質量を説明することが出来るのです。ニュートリノがマヨラナ粒子の場合は、ニュートリノを放出しない2重ベータ崩壊(以下0νββ崩壊と略します。 反応例 136Xe→136Ba + 2e-で、βとは電子のことを指します。)反応が起こりえます。 逆に0νββ崩壊の発見はニュートリノがマヨラナ粒子で有ることを示し、さらに現在の宇宙が物質優勢であることを説明出来る可能性があります。そのため世界中で探索実験が行われていますが、未だ発見には至っていません。

ニュートリノがマヨラナでない場合、キセノン136原子核が「ニュートリノを放出しない4重ベータ崩壊事象」をする可能性がある

一方、ニュートリノがマヨラナ粒子でない場合でもニュートリノの極めて小さい質量や物質優勢宇宙を説明できると主張する論文もあります [J. Heeck, W. Rodejohann, Europhys. Lett. 103 (3) (2013) 32001]。 この場合0νββ崩壊は起こりませんが、ニュートリノを放出しない4重β崩壊(以下0ν4β崩壊と略します)は起こりえると考えられています。 ニュートリノを出さず電子を4つ放出する0ν4β崩壊反応を起こす可能性のある原子核はわずか3種(150Nd, 136Xe, 96Zr)に限られ、これまでに136Xeを用いた0ν4β崩壊探索は行われたことがありません。 この反応では図1に示すように136Xeは136Ceになり、放出される4個の電子の運動エネルギーの総和が79 keVとなります。

図1:質量数(原子核中の陽子と中性子の和)が136のキセノン(原子番号54)近傍の原子核のエネルギー準位。

キセノン136は不安定であり、半減期2.2 x 1021年で陽子2つが同時に中性子に変わり、2つの電子と2つの反電子ニュートリノを放出する、2重ベータ崩壊(2νββ崩壊)を起こしバリウム136に変化することが観測されています(図中黒矢印)。 もしニュートリノがマヨラナ粒子であった場合、2νββ崩壊の他に0νββ崩壊を起こし(図中青矢印)、運動エネルギーの和が2.47 MeVの2電子の信号が観測出来ると考えられ、世界中で探索が行われています。 一方ニュートリノがマヨラナ粒子で無い場合、0νββ崩壊は起こりませんが、0ν4β崩壊は起こると考えられ、4つの電子を放出しセリウム136に変化します(図中赤矢印)。このとき発生する4電子の運動エネルギーの和は79 keVになりますので、エネルギースペクトルに生じる可能性のあるピークの探索を、本研究で行いました。

XMASSのデータで世界初の制限値を得る

液体キセノンを用いたXMASS実験ではこれまでも数十keVのエネルギー領域を用いた物理探索(二重電子捕獲の探索ダークマターの非弾性散乱の探索暗黒物質候補Axion-like particlesおよびHidden photonの探索)で成果を上げており、本研究では800日分の観測データを用い、光電子増倍管などから来るガンマ線の影響を低減するために検出器中心から半径30 cm内に含まれる29 kgの136Xeを用いた0ν4β崩壊探索を行いました。

XMASS-I検出器で観測されたエネルギースペクトルを図2に示します。 実際に観測されたデータ(黒点)と、観測データをもとに予想される放射性不純物起源のノイズ事象、および0ν4β崩壊で期待される信号を比較しています。統計誤差や、一つの原子核から4つの電子が出た場合の液体キセノンの発光量の予想値に関する系統誤差等を慎重に考慮しました。 結果0ν4β崩壊の有意な信号は残念ながら観測されず、キセノン136の0ν4β崩壊の半減期に対して3.7 x 1024 年より長いという下限値を世界で初めて得ることが出来ました。今後、より高感度の探索が期待されます。

図 2:XMASS-I検出器で観測されたエネルギースペクトル。黒点がデータ、赤色以外のヒストグラムは放射性不純物起源のノイズ事象のエネルギースペクトルを表しています。赤色のヒストグラムは今回得られた半減期の下限値(3.7x1024年)に対応する0ν4β崩壊で期待されるエネルギースペクトルであり、本研究で探索している事象のデータから許される最大量を示している。
  • 今回の論文:"Search for neutrinoless quadruple beta decay of 136Xe in XMASS-I", K. Abe et al. (XMASS Collaboration), Physics Letters B 833 (2022) 137355