【論文紹介】太陽ニュートリノによる「エキゾチックな」相互作用の探索 2021年1月20日
素粒子の一種であるニュートリノは質量が非常に小さく、他の素粒子との反応はほとんどせず、透過性が極めて高いことがわかっています。素粒子の標準理論では、ニュートリノは「弱い相互作用」しかしないと考えられています。
しかし、もしニュートリノに標準理論で予想されていない性質があれば、もっと強い反応を引き起こす可能性があります。例えば、ニュートリノがわずかな電荷を持つ場合や、磁気能率という標準理論ではほぼゼロと考えられている量が予想より大きい場合には、ニュートリノがより強い相互作用を生じる可能性があります。さらに最近注目度が上がってきているダークフォトンと呼ばれる未発見の素粒子がニュートリノに影響を及ぼす可能性も考えられます。これらの発見は、標準模型を超えた新たな物理の扉を開くことになるのです。
さて、このようなニュートリノの「エキゾチックな(特異な)」相互作用は、我々の身の回りに大量に降り注いでいる太陽ニュートリノの相互作用に影響を及ぼすと考えられます。太陽ニュートリノはMeV(メガ電子ボルト=106電子ボルト)のエネルギーを持っていますが、物質に衝突し数keV(キロ電子ボルト=103電子ボルト)程度のエネルギーを付与するような場合にその強い相互作用を観測しやすいと考えられています。そのためそのような低いエネルギーに高い感度を持つXMASS検出器が新たな相互作用の発見に活躍できるのです。
今回XMASSでは、711日分のデータを解析しました。その結果得られたデータは予想される検出器の放射線不純物由来のノイズで説明がつくことが確認されました。つまり、上に紹介したニュートリノのエキゾチックな相互作用による信号は有意に観測されず、残念ながらエキゾチックな相互作用の発見には至りませんでした。しかしこのようなエキゾチックな相互作用の強度について、世界一感度の良い上限を付けることにも成功しました。
一例として図1にニュートリノにわずかな電荷がある可能性を検証した際のデータを示します。太陽ニュートリノは電子ニュートリノ(νe)として太陽中に発生しますが、ニュートリノ振動のおかげで地球上にはνe, νμ,ντという三種類のニュートリノが飛来しています。そのためそれら全ての三種類のニュートリノの持つわずかな電荷について図2のようにこれまでより何桁も良い制限をつけることに成功しました。上に線が引かれているニュートリノの記号は反ニュートリノを示しますが、太陽ニュートリノには反ニュートリノは殆ど含まれていないため、XMASSから制限をつけていません。
なお、磁気能率についても、ボーア磁子μBの1.8×10-10倍以下という制限を付けることに成功しました。また、ダークフォトンの質量と結合定数についても、図3のように制限をつけることに成功しました。特に、ミューオンの磁気能率の観測値が理論値からずれている謎が知られていますが、そのずれをダークフォトンの存在で説明する可能性をほとんど排除することになりました。
本論文は、暗黒物質探索実験検出器が低エネルギーに感度を持つことと、背景事象が少ない特徴を生かし、暗黒物質探索以外の未発見の物理を観測可能であることを示した新たな研究成果となりました。イタリアのグラン・サッソで実施された暗黒物質探索実験XENON1T検出器でも、本研究と同様に低エネルギーの事象を解析することで、2020年6月に太陽からのアクシオンやニュートリノ磁気能率の探索結果を発表しています。今後の暗黒物質探索実験検出器には、さらなる大型化、低エネルギーにおける感度向上、背景事象の低減によって、このような新たな分野での大きな発見が期待されています。