【論文紹介】中性子を用いたキセノン原子核散乱の発光時定数の測定 2019年7月13日
ダークマターの有力な候補の一つにWeakly Interacting Massive Particles (WIMPs)と呼ばれる、プラスやマイナスといった電荷を持たず、通常の物質とほとんど反応しない粒子が考えられています。このWIMPsはXMASS実験で用いている液体キセノンのキセノン原子核とまれにぶつかり、発光すると考えられます。このように原子核とぶつかる反応を原子核散乱と呼んでいます。一方、検出器やその周りにある部品中に含まれる放射性不純物によって発生するガンマ線が液体キセノンに入った時には、キセノンの軌道電子と反応し、それによって発光します。このような反応を電子散乱と呼んでいます(図1)。

一般にこのような発光は、散乱が生じた瞬間から発光の強度が指数関数的に減少することが知られています。発光の大きさが最初の大きさの約36.8%になるまでの時間を発光時定数と言います。液体キセノンの発光の場合には、時定数の短い成分と長い成分の2成分が足し合わさっていることが知られています。先行研究から時定数の短い成分の発光時定数は約数ナノ秒、長い成分の発光時定数は約25ナノ秒程度と考えられており、短い成分と長い成分の発光量の比は原子核散乱と電子散乱で異なることが知られています。その比を観測することで液体キセノン内で起こった反応がどちらの散乱によるのかの区別に用いることが出来ます。
XMASS実験ではこれまでにガンマ線源を用いた電子散乱の発光時定数の結果を発表しています(リンク)。本研究では、WIMPsと同様に原子核散乱を起こす中性子を放出するカリフォルニウム252 (252Cf)線源を用い、発光時定数の長い成分の時間情報と、短い成分と長い成分の発光量の比を測定しました。252Cfは自発的核分裂反応を起こし、1回の自発的核分裂あたり平均3.7個の中性子と8本のガンマ線が同時に発生します。 この線源を組み込んだ線源装置を、XMASS検出器容器のすぐ外側まで伸びている配管の中にセットしました(図2)。

252Cf起源の信号は、XMASS検出器で中性子による発光だけではなく、線源装置内のプラスチックシンチレータも252Cf起源のガンマ線によって発光します。そのため、XMASS検出器とプラスチックシンチレータで同時に発光したイベントを探すことで中性子が原子核を散乱したイベントを選び出すことが出来ます。
次に選び出した中性子による原子核散乱のイベントを用いて、液体キセノンの発光を検出するセンサー(光電子増倍管)が発光を検出した時間分布を見てみました。図3(左)はある1イベントに対して、ある1本の光電子増倍管が光を検出した波形を示しています。赤いピークのそれぞれが光子を検出した信号を示しています。この情報を全イベント、XMASS検出器の642本の光電子増倍管で足し合わせて液体キセノンの発光の時間分布を求めました(図3右黒点)。シミュレーションでも計算機上で252Cfと同じエネルギー分布を持つ中性子をXMASS検出器に入射し、原子核散乱のイベントを選び出し、発光時定数と早い成分の割合を変化させて実際のデータの発光の時間分布を再現するパラメータを調べました(図3右赤点線)。

最終的に得られた発光時定数の情報を他実験と比べてみたのが図4と図5です。図4のように時定数の長い成分の発光時定数は原子核散乱と電子散乱で変わらず(約27ナノ秒)、図5のように全体の発光量の中で発光時定数の短い成分に含まれる発光量の割合は大きく変わる(電子散乱では約15%、原子核散乱では約25%)ことが分かりました。 今回の結果ではXMASS実験の1keVあたり15光電子という大発光量のおかげで、1.5 keVという世界の他の実験では到達できていない最も低いエネルギーしきい値で原子核散乱の発光時定数を測定することが出来ました。原子核散乱と電子散乱の区別に関して、今回得られた中性子の発光時定数と実験データの各事象の発光時定数を比較することで、5—10 keVのエネルギー領域では興味がある原子核散乱の事象を50%残しつつ、放射線不純物による電子散乱の事象を約13%にまで低減でき(図6)、暗黒物質探索の感度が向上することが分かりました。



- 今回の論文:"A measurement of the scintillation decay time constant of nuclear recoils in liquid xenon with the XMASS-I detector", K. Abe et al. (XMASS Collaboration), 2018 JINST 13 P12032
- 2016年の論文: “A measurement of the time profile of scintillation induced by low energy gamma-rays in liquid xenon with the XMASS-I detector”, H. Takiya et al. (The XMASS collaboration), Nucl. Instrum. Meth. A834 (2016) 192-19