ニュートリノ振動

梶田隆章先生が1998年にその現象を発見したことで、ノーベル賞受賞の理由にもなった「ニュートリノ振動」についてご紹介します。

ニュートリノの性質

電荷を持たないニュートリノは、他の物質と反応せず通り抜ける

ニュートリノは「neutro(中性の)」+「ino(小さい粒子)」という名前が表す通り、電気を持たない素粒子です。
宇宙を構成するすべての物質は、クォークとレプトンという素粒子の仲間から形成されています。例えばクォーク3つからできる陽子1つと、レプトンの仲間である電子1つを組み合わせて水素原子が作られます。

宇宙を構成するすべての物質はクォークとレプトンからできている。

このクォークとレプトンは、それぞれ自分とペアとなる粒子を持ち、互いの電荷が1つ分異なるという特徴があります。たとえばアップクォークの電荷は+2/3ですが、そのペアとなるダウンクォークの電荷は-1/3です。ニュートリノは電子の仲間に対応します。電子の電荷は-1であり、ニュートリノの電荷はそれから1つ分異なる「0」となっています。

つまり、ニュートリノは電荷を持ちません。

ニュートリノは宇宙で最も豊富な素粒子のひとつで、周囲を光速で飛び交っており、私たちの体を1秒間に数百兆個も突き抜けていきます。しかし、電荷を持たないニュートリノは他の物質とほとんど反応しないため、私たちがそれを感じることはありません。地球すら容易に貫通してしまうほどです。そのためニュートリノの観測は非常に難しく、長年その性質は謎に包まれていました。

何でも通り抜けてしまうニュートリノですが、宇宙からは大量のニュートリノが降り注いでいるため、まれに物質と反応することがあります。スーパーカミオカンデは大きな水槽でニュートリノの反応をとらえようとしているのです。

ひとつのフレーバーを選んだ時、異なる質量のニュートリノが混ざり合っている

ニュートリノには「電子ニュートリノ」「ミューニュートリノ」「タウニュートリノ」の3種類があります。これは「フレーバー」による分類です。 一方、ニュートリノは「質量」で分類することもできます。m1、m2、m3という3つの異なる質量を持つ「ニュートリノ1」「ニュートリノ2」「ニュートリノ3」の3種類です。

ニュートリノは、「フレーバー」と「質量」による分類がある。

このフレーバーによる分類と質量による分類とは、実は独立ではありません。ひとつのフレーバーを選んだ時、それは「異なる質量のニュートリノの混ざり合い」になっています つまり、たとえば「電子ニュートリノ」と言った時、それはニュートリノ1、ニュートリノ2、ニュートリノ3が混合したものなのです。これを「ニュートリノ混合」と言います。

「フレーバー」と「質量」で分類されたニュートリノは互いに混ざり合っている。

ニュートリノ振動の発見

「素粒子標準理論」に見直しを迫る画期的な発見

ニュートリノは、「粒子」であると同時に「波」としての性質を持ちます。そのため、それぞれ異なる質量を持つニュートリノ1、ニュートリノ2、ニュートリノ3は、それぞれ異なる振動数を持つ「波」として空間を伝播します。ニュートリノのフレーバーは、質量の決まった波の重ね合わせとなり、ニュートリノが空間を飛ぶ間に波の位相が変化し、フレーバーの種類が移り変わります。
この現象を「ニュートリノ振動」と呼びます。ニュートリノ振動はニュートリノが質量を持ち、かつ、ゼロ ではないニュートリノ混合があるときに起こる現象です。

ニュートリノ振動は、1998年にスーパーカミオカンデ実験で発見されました。宇宙から飛んでくる宇宙線が大気と衝突して生成される「大気ニュートリノ」の中に含まれるミューニュートリノを観測すると、地球の裏側からやってきたミューニュートリノの数は、上からやってきたミューニュートリノの半分しかありませんでした。ミューニュートリノが地球の内部を通ってくる間に、タウニュートリノに変化してしまったためです。

ニュートリノ振動の発見により、ニュートリノがわずかながら質量を持つことが証明されました。素粒子の枠組みを説明する「素粒子標準理論」では、ニュートリノ質量は0だと考えられていましたが、その理論に見直しを迫る画期的な発見となりました。

異なる振動数を持つニュートリノの波が合成されてうなりが生じ、空間を飛ぶ間にニュートリノのフレーバーが移り変わる。

「標準理論」を超えた「未解明の理論」の存在を示唆

ニュートリノ振動はその後、太陽ニュートリノや人工ニュートリノビームでも確認されました。

ニュートリノの混合は、3つの混合角θ12、θ23、θ13と、CP位相のパラメータで表されます。これまでのニュートリノ振動の研究から、3つの混合角とニュートリノの質量の2乗差m12-m22、m22-m32が測定されました。

残る未解明の問題は、CP位相のパラメータ、ニュートリノ質量の順番、ニュートリノ質量のそれぞれの値です。また、ニュートリノの質量がなぜ「電子やクォークの質量に比べて100万分の1以下」と非常に小さいのかという問題は謎に包まれています。

素粒子のしくみを説明する標準理論は、ヒッグス粒子の発見により完成されたとみられています。しかし、これまでわかったニュートリノの質量や混ざり具合は、なぜかクォークのそれらと比べて大きく異なり、「素粒子の標準理論のほころび」だと考えられています。つまり、標準理論は全ての物理現象を説明する完全な理論ではなく、標準理論を超えた未解明の素粒子理論が存在する可能性を示唆しています。統一理論と呼ばれるものなどがその候補だと考えられています。

ニュートリノ振動実験は、統一理論など、未解明の素粒子理論を追求するための重要な手がかりを与えると世界中の研究者から期待されています。

スーパーカミオカンデによる大気ニュートリノ振動の発見。
地球を通り抜けて検出器の下から来るミューニュートリノの数は、上から来るミューニュートリノの半分しかなかった。