研究内容
スーパーカミオカンデは、さまざまなニュートリノを観測しています。また、ニュートリノ以外の観測も行っています。ここでは、スーパーカミオカンデの研究内容をご紹介します。
太陽ニュートリノ
太陽ニュートリノ
太陽ニュートリノとは
太陽は我々の身の回りで、最も強力なニュートリノ発生源です。太陽が輝くエネルギー源は、太陽中心部で起こる核融合反応によるものです。4つの水素原子核(つまり陽子)が融合して1つのヘリウム4原子核(陽子2つ、中性子2つ)が作られる際に核融合エネルギーが放出されますが、同時に2つの陽電子と2つの電子ニュートリノが生成されます。(4p → He + 2e+ + 2νe + 核融合エネルギー)この反応で生成される電子ニュートリノを「太陽ニュートリノ」と呼んでいます。
太陽ニュートリノの強度は、地球の位置で、毎秒1cm2あたり、約660億個になります。
太陽中心で起こった核融合反応による熱が太陽表面に現れるまで10万年ほどかかるといわれています。一方、ニュートリノは他の物質とほとんど反応しないので、太陽中心で生まれたニュートリノは地球までおよそ8分で到着します。つまり、光では10万年前の太陽の活動を見ていることになりますが、ニュートリノでは太陽中心の活動状況をほぼリアルタイムで観測することができるのです。
ニュートリノで見た太陽。太陽を中心に配置する座標系を用いた。黄色い部分がその方向からの事象が多いことを示す。太陽方向からニュートリノが飛来していることが、カミオカンデ実験で初めて示された。(図は1996年から2018年のスーパーカミオカンデの観測データ)
太陽ニュートリノの数が足りない
太陽ニュートリノの観測は、1960年代後半からアメリカのR. DavisらによるHomestake実験で始まりました。 Homestake実験では、太陽ニュートリノが塩素原子核に衝突してアルゴン原子核に変わる反応率を調べることで、ニュートリノ強度を観測しましたが、ニュートリノが飛来してくる方向を測定することはできませんでした。実験の結果、観測された反応率は、標準太陽模型(Standard Solar Model, SSM)から予想される値の約1/3程度でした。本当に太陽から来たニュートリノをとらえているのか、なぜニュートリノ強度が少ないのか、SSMは正しいのか、ニュートリノが有限質量を持ちニュートリノ振動現象が起こっているのか等の疑問がありました。
この問題は「太陽ニュートリノ問題」として、長年にわたり研究者を悩ませることになります。
1988年に、Homestake実験以外の初めての太陽ニュートリノ観測結果が、カミオカンデII実験グループから報告されました。カミオカンデ実験はスーパーカミオカンデ実験の前身の実験で、ニュートリノ飛来方向をリアルタイムに検出できます。カミオカンデにより、観測されたニュートリノが太陽の方向から来ていることが初めて示されました。しかし、観測された太陽ニュートリノの強度はSSMで予想される値の約半分であり、太陽ニュートリノ問題の解決には至りませんでした。
太陽ニュートリノ問題の解決、
さらなる疑問の解明へ
スーパーカミオカンデは、2000年6月にこれまでにない高い精度で太陽ニュートリノの強度の観測結果を報告しました。その結果、観測された太陽ニュートリノ強度はSSMで予想される強度の約45%であることを99.9%以上の確からしさで確認し、太陽ニュートリノ問題がニュートリノ振動によるものであることを示唆しました。さらに、非常に高い精度のニュートリノエネルギー分布の測定やニュートリノ強度の昼夜の時間による変化の情報を加えて、ニュートリノ振動を起こす原因となる、質量差、ニュートリノ同士の混ざり方(混合角と呼びます)に大きな制限を与え、ニュートリノ混合の割合が大きいことを示しました。2001年6月には、カナダのSNO実験での太陽ニュートリノ観測結果を合わせて、2つの実験データだけからニュートリノ振動が起こっているという確実な証拠が示されました。
また、同時に標準太陽模型で計算されたニュートリノ強度も正しかったことが確認されました。
観測される太陽ニュートリノ強度が少なく見える問題はニュートリノ振動により解決しましたが、ニュートリノの性質や、太陽の燃焼機構(標準太陽模型)にはまだまだ疑問点が残されています。太陽ニュートリノの振動パラメータ(質量差、混合角)の真の値、太陽ニュートリノに対する地球内部の物質効果の確認、太陽内部の化学的組成の解明等が挙げられます。これらの疑問の解明に向けて、スーパーカミオカンデでは、より精密で高い統計精度の太陽ニュートリノ観測を続けています。
大気ニュートリノ
大気ニュートリノとは
地球には、「宇宙線」と呼ばれる高いエネルギーの粒子が、宇宙から絶えず降り注いでいます。 その宇宙線が大気中の原子核と衝突すると、連鎖的に新たな粒子が生み出される「大気シャワー」と呼ばれる現象が起きます。 その中で生まれるニュートリノが「大気ニュートリノ」です(図1参照)。主にπ中間子、K中間子、およびミューオンが崩壊する時に作られ、 電子ニュートリノとミューニュートリノの2種類が生成されます。
ニュートリノは、地球や我々人間を含む物質とは、ほとんど反応せずにすり抜けていきます。 1m2あたり1秒間におよそ100個の大気ニュートリノが通過していますが、私たちが感じることはありません。
大気ニュートリノは地球上の大気中で常に作られ、地球も簡単に通過してスーパーカミオカンデまで到達します。 その飛行距離は大気の厚さ(10kmほど)から地球の直径(約1万3000km)まで、さまざまです(図2参照)。
図1:宇宙線が大気に衝突し、大気ニュートリノができる。
図2:大気ニュートリノは地球全体で作られる。
スーパーカミオカンデは、一日に約8個ほどの大気ニュートリノを観測しています。そしてその飛来方向を調べてみると、短い距離を飛ぶニュートリノは予想どおりなのですが、長い距離を飛ぶニュートリノは数が予想値よりも減っていることがわかりました。(図3参照)。
これは、ニュートリノが別のニュートリノに変化する「ニュートリノ振動」と呼ばれる現象によるものです。 スーパーカミオカンデで観測された現象は、ミューニュートリノがもうひとつの別のニュートリノ(タウ型)に変わったことによるものです。
図3:地球の裏側の大気中で作られ長い距離を飛んできたニュートリノは、検出器に対して上向きに飛んできます。
右図、下から飛んで来るミューュートリノのデータ(黒+)は、予想値(青線)の半分程しかないことがわかります。
ではミューオン型ニュートリノは、本当にタウ型ニュートリノになっているのでしょうか? タウ型ニュートリノの探索では、その反応によってできるタウ粒子を信号として用います。 ところがタウは即座に多数の粒子へと崩壊をするため、高いエネルギーのニュートリノが起こす「たくさんの粒子が生成される現象(多重粒子現象)」との区別が難しく、タウ自身を見つけることは簡単ではありません。 これを克服するため、多重粒子現象とのさまざまな特徴における僅かな違いをコンピュータを用いて調べ、「タウらしい」事象を探します。
図4はタウ型ニュートリノらしいと思われる事象を集めたものです。上向きの領域(つまりミューオン型ニュートリノの減った領域)に、タウ型ニュートリノがほぼ予想通りの数だけ出現していることがわかりました。
ニュートリノ振動という現象を調べることで、さまざまなニュートリノに対する情報も知ること ができます。 そのひとつは質量の順番です。ニュートリノ振動の度合いは質量の差(正確には(質量)2の差)によって決まりますが、 その差がプラスなのかマイナスなのかによって観測される事象数が変わることが予言されています。 これは現在までに未解決の問題ですが、これからも大気ニュートリノの観測データを貯めていくことで明確な発見ができ ると期待しています。
図4: タウ型ニュートリノらしいと思われる事象を集めたもの。上向きの領域(つまりミューオン型ニュートリノの減った領域)に タウ型ニュートリノがほぼ予想通りの数だけ出現していることがわかりました。
大気ニュートリノは地球の真ん中を通ってきます。地球の中心の核と呼ばれる領域の物質密度はおよそ13g/cm3と高く、 地殻と呼ばれる我々が立っている場所よりも数倍の密度があります。 この高密度の場所を通過する時、あるエネルギーの条件を満たしたニュートリノにおいてニュートリノ振動が増進されることが予想されています。 この物質による効果は今のところ実験的には有為には確認されておらず、興味深い点です。 (上述した質量の順番によってニュートリノ振動の予想が変わるのは、主にこの影響が変わるためです。)
また最初に述べたとおり、大気ニュートリノは宇宙線によって作られるため、それがどのようなエネルギーなのかは宇宙線を知る上で興味深いものです。 図5は大気ニュートリノのエネルギー分布です。スーパーカミオカンデ以外の実験とも合わせて載せています。 実線は詳細な計算による予想値で、スーパーカミオカンデの観測を再現していることがわかります。
図5: 大気ニュートリノのエネルギー分布。赤と青の点がスーパーカミオカンデの観測による値。実線が計算による予想値で、スーパーカミオカンデの観測を再現していることがわかります。
また宇宙線への地磁気の影響で西から来るニュートリノと東から来るニュートリノの数に差が出ることが予想されますが、それもハッキリと見えています(図6参照)。 ニュートリノ自身は磁場の影響を受けないので、これはその親の宇宙線(主に陽子)への地磁気の影響によるものです。陽子はプラスに電気を帯びてるため、磁場の影響を受けます。 予想値が良く合っていることは、地磁気や大気中での反応も含めて大気ニュートリノの計算が良く合っていることを(つまり我々の理解が正しいこと)を裏付ける観測結果です。 また別の見方をすると図6は、我々の観測しているニュートリノは、宇宙から地球に降り注いで来た電気を帯びた宇宙線によって作られたニュートリノ(=つまり「大気ニュートリノ」)だということを示しています。
図6: 大気ニュートリノの横方向の方向分布。黒がスーパーカミオカンデによる観測値、赤と青が計算による予想値。宇宙線への地磁気影響で、東から来るニュートリノよりも西から来るニュートリノの方が多くなっていることがわかります。
陽子崩壊
全ての物質はたくさんの原子でできていて、原子は原子核とその周りを飛び交っている電子から成り立っています。さらに原子核は電気をもった陽子と電気をもたない中性子から作られています。中性子はわずかながら陽子より重いので、壊れて陽子と電子とニュートリノ(ベータ崩壊)になりますが、陽子の仲間(バリオン)の中で陽子は最も軽いので、未来永劫壊れることなく安定していると考えられてきました。
しかし、本当にそうでしょうか? 物質に働く4種類の力のうち、3つの力(電磁気力、弱い力、強い力)を統一的に説明する大統一理論は、陽子が他の種類(中間子や電子の仲間)のより軽い粒子へ壊れることを予言しています。最も有力な壊れ方の候補は、陽子がパイ0中間子と陽電子(電子の反粒子)に壊れるモードです。パイ0中間子は2つの光子にすぐ壊れるので、スーパーカミオカンデでは3つの電子型のリングが観測されます(図1)。もし陽子が壊れるとすると、宇宙の中の物質はいつかバラバラに壊れてしまうことになります。しかし、心配はいりません。予言される陽子の寿命は宇宙の年齢よりもはるかに長いのです。
では、そんな長い寿命をどうやって測るのでしょうか? 粒子の寿命は、観測開始の時の粒子の個数に比べて、1/2.7に減った時間で定義されます。つまり、たくさんの陽子を集めてその中のいくつかが壊れれば、長い時間を待たなくても陽子の寿命を見積もることができるのです。スーパーカミオカンデの中には5万トンの純水が蓄えられていますが、この中には7×1033個の陽子が含まれています。このたくさんの陽子の中のどれかが壊れるかどうかを観測することによって、陽子の寿命を測定しているのです。
スーパーカミオカンデは1996年に運転を開始して以来、20年以上も観測を継続していますが、陽子が壊れた証拠はまだ得られていません。陽子が壊れなかったという観測結果から、陽子の寿命は少なくとも2×1034年以上(宇宙の年齢が1010年くらい)と推定されています。もし陽子崩壊が観測されれば、素粒子の大統一理論検証への突破口になります。スーパーカミオカンデでは、あらたな素粒子の世界の地平を目指し、観測を継続していきます。
図1:陽子が陽電子とパイ0中間子に崩壊する様子。
動画で見る陽子崩壊
超新星爆発ニュートリノ
超新星爆発とは太陽の8倍以上の質量を持つ恒星が、その一生を終える時に起こす大爆発のことです。この超新星爆発の際、太陽が45億年間に放出する全エネルギーの99%以上を、約10秒間にニュートリノとして放出します。
1987年2月23日、スーパーカミオカンデの前身であるカミオカンデにおいて大マゼラン星雲で発生した超新星爆発に伴うニュートリノ11例を世界で初めて観測しました。これにより、超新星爆発の理論が正しいことが証明され、ニュートリノを観測手段とするニュートリノ天文学の幕開けともなりました。
1987年2月23日、大マゼラン星雲で発生した超新星SN1987A。右は爆発前。(アングロ・オーストラリア天文台/Daved Malin撮影)
超新星1987Aからのニュートリノ観測データ
中央0秒のところから始まる11例が超新星ニュートリノ事象を表す。
また我々の銀河内でも、10年から50年に一度程度の割合で、超新星爆発が起きていると考えられています。スーパーカミオカンデでは、超新星爆発が銀河中心で起こった場合、超新星ニュートリノを約8000例捕まえられると計算されています。この期待される観測量は、世界中の他のニュートリノ観測実験と比べても圧倒的に多いものです。このニュートリノのエネルギーと到達時間を正確に観測することで、星の爆発のメカニズムを精度良く知ることが可能になります。また、重い星の超新星爆発の場合、ニュートリノ観測により、ブラックホールを直接見ることも期待できます。
スーパーカミオカンデでは、この世紀の瞬間を逃さないために24時間体制で監視を続けています。たとえば銀河系内で超新星爆発が起こった場合、ただちに解析を行い、超新星爆発を観測した時間、ニュートリノの数、方向等の情報を1時間以内に世界中にアナウンスすることができます。超新星爆発からの光はニュートリノよりも遅れて星の外に放出されるので、光を捉える天文台がその爆発を観測するのはスーパーカミオカンデの後になります。つまり、我々のアナウンスは、世界の天文台が爆発の瞬間を捕らえるための助けになると期待されています。
T2K実験東海ー神岡(Tokai to Kamioka)長基線ニュートリノ振動実験
K2K実験からT2K実験へ
スーパーカミオカンデは1998年、大気ニュートリノの観測により、ミューニュートリノが飛行中に別の種類のニュートリノに変化する、「ニュートリノ振動」という現象を発見しました。ニュートリノ振動現象は、ニュートリノが質量を持つときだけ起きることから、この観測によって、それまで質量0だと考えられていたニュートリノが有限な質量を持つことが実験的に明らかにされました。このニュートリノ振動を、人工ニュートリノを用いた実験で確認するためのK2K(KEK to Kamioka)実験が、1999年から2004年にかけて行われました。
K2K実験は、茨城県つくば市にある、高エネルギー加速器研究機構の加速器を用いて作られたニュートリノを、250km離れたスーパーカミオカンデによってとらえることで、ニュートリノが飛行するうちに生成時とは別の種類のニュートリノに変化する様子を観測しようとする、世界で初めての長基線ニュートリノ振動実験でした。観測の結果、大気ニュートリノで発見されたニュートリノ振動を99.9%以上の精度で確認することができました。
このK2K実験の成功を踏まえ、さらに強力かつ高性能なニュートリノビームで、精密にニュートリノ振動を研究しようというT2K(=Tokai to Kamioka)実験が2009年4月から始まりました。
T2K実験は、茨城県東海村の大強度陽子加速器施設(JPARC)で作られた世界最大強度のニュートリノビームを295km離れたスーパーカミオカンデに打ち込みます。K2K実験の約50倍の強度のニュートリノビームを使って、ニュートリノ振動に関する精密な研究が期待されます。
T2K実験は、国際的な共同研究です。日本はもちろんのこと、アメリカやカナダ、ヨーロッパなど12カ国から約400人の研究者が参加しています。
加速器ニュートリノがなぜ必要か
太陽ニュートリノ、大気ニュートリノはすべて自然に作られたニュートリノです。したがって、生成されるニュートリノの情報を正確に知ることはできません。また、飛来するニュートリノのエネルギーにも幅があります。
ニュートリノ振動を正確に測定するには、ニュートリノ生成点での情報を正確に把握し、長い距離を飛行した後の情報と比較する必要があります。
そのため、人工的に生成したニュートリノであれば、生成点でのエネルギーや数などを正確に知ることができます。また、生成するニュートリノのエネルギーを決めることができるので、最もニュートリノ振動の効果が大きいエネルギー範囲に絞ってニュートリノを作ることもできます。
このように、ニュートリノ振動を正確に測定するためには、加速器で人工的に作られたニュートリノを用いることが大変有用です。
実験の目的
ニュートリノは宇宙の進化の途中で大きな役割を果たしてきたと考えられています。たとえば、この宇宙には反物質が極端に少なく、物質によって満たされている原因を、ニュートリノと反ニュートリノの振動の違いによって説明するというアイデアもあります。 現在までにニュートリノの性質を調べる研究は多数行われてきましたが、まだ全容の解明には至っていません。T2K実験では、加速器で強力なニュートリノと反ニュートリノビームを作ることができるので、これらを用いることでニュートリノの持つ性質を深く探る研究を行うことができます。
ニュートリノ振動は、ニュートリノの混ざり具合を示す3つの混合角(θ12、θ23、θ13)と、ニュートリノの質量の二乗差2つ(Δm212、Δm232)、そして、ニュートリノと反ニュートリノそれぞれの振動の違いを表すパラメータ(δ)を用いて表すことができると考えられています。太陽ニュートリノの観測による、電子ニュートリノからミューニュートリノへの振動現象の観測、ならびに、原子炉ニュートリノからの反電子ニュートリノから反ミューニュートリノへの振動現象の観測から、ニュートリノ振動に関わるパラメータのうち、θ12、 Δm212が測定されました。また、大気ニュートリノ観測やK2K実験などにおいてミューニュートリノからタウニュートリノへの振動が確認され、θ23、Δm232が測定されました。
残ったθ13に関しては、2009年に至っても、原子炉からの反電子ニュートリノ観測から上限値が求められただけでした。T2K実験では、質の良いデータを大量に得ることができるため、未発見のミューニュートリノから電子ニュートリノへの振動を発見し、θ13を測定することが期待されていました。そして、2011年世界で初めてミューニュートリノから電子ニュートリノへ変化する、電子ニュートリノ出現事象の兆候をとらえ、θ13を測定することに成功しました。(詳しくはこちら)さらに観測を重ね、2013年には、その決定的証拠を得ることができました。これにより3つのニュートリノ振動のうち全ての振動を実験的に確認することができました。
また、測定されているθ23、Δm232についても、これまでよりもさらに正確に測定することができるようになります。2015年現在、既にこれらのパラメータの測定は、T2K実験が世界で最も高い精度での測定に成功しています。
有限なθ13が測定された現在は、反ミューニュートリノビームをスーパーカミオカンデに打ち込み、ニュートリノ振動と反ニュートリノ振動の違いを測定することにより、物質と反物質の非対称性の謎を検証しようとしています。
J-PARCニュートリノビームは世界最大強度
茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設(J-PARC)では、陽子シンクロトロンで陽子を50GeVまで加速します。加速された陽子を炭素の標的に衝突させると、π粒子が大量に発生します。このπ粒子は数十メートル走る間に、ミューオンとニュートリノに崩壊します。このニュートリノを神岡の方向に打ち込むのです。しかし、ニュートリノは電荷をもたないので、方向を制御することができません。
そこで、ニュートリノになる前のπ粒子の時点で電磁ホーンで磁場をかけ、π粒子の方向を神岡の方向にそろえます。電磁ホーンで方向がそろえられたπ粒子は、長さ94mのディケイボリュームと呼ばれる空洞を走る間に、ミューオンとニュートリノに崩壊します。ディケイボリュームの終端には、グラファイト製のハドロン吸収体があり、ニュートリノ以外の粒子を止めることができます。
ビーム中心をスーパーカミオカンデから2.5°ずらす
K2K実験の場合と大きく異なるのが、ニュートリノビームの方向です。K2K実験の場合は、ニュートリノビームの中心をスーパーカミオカンデの方向に向けていました。しかし、T2K実験では、ビームの中心はスーパーカミオカンデの2.5°下にあります。
ニュートリノ振動はニュートリノのエネルギーと距離によって、振動の仕方が変わります。T2K実験の場合、ニュートリノの生成点から検出地点までの距離295kmに対して、最も振動の効果が大きくなるニュートリノエネルギーは0.5~0.7GeVです。この範囲にニュートリノのエネルギーを合わせることにより、より効果的にニュートリノ振動を観測することが可能になります。ニュートリノビームの中心をスーパーカミオカンデから2.5°ずらすことにより、π粒子のエネルギーのばらつきによることなく、ニュートリノのエネルギーを欲しい値に絞ることができます。これにより、ニュートリノ振動の効果をより精密に観測することができ、感度の向上が期待されます。
生成点での情報を得る
T2K実験では、ニュートリノが長い距離を走ったことによる変化を観測します。したがって、スーパーカミオカンデで観測する情報と、ニュートリノが生成した時の情報の両方が必要です。 ニュートリノ生成点での情報を得るために、炭素標的から280m地点に前置検出器を置きます。ビーム中心点に置かれた検出器では、ビーム方向やビームの安定性を測定します。スーパーカミオカンデ方向に置かれた検出器では、エネルギー分布などを測定します。
スーパーカミオカンデでJ-PARCニュートリノをどう見つけるか
スーパーカミオカンデは、2008年9月にデータ収集システムのアップグレードを行いました。それによって、全ての光電子増倍管からの信号を記録することができるようになり、1日当たりのデータ量は約500GBにもなります。その膨大なデータには、大気ニュートリノ、太陽ニュートリノ、宇宙線ミューオン、岩盤中のラドンの放射能などからの信号が含まれています。その中からJ-PARCからの人工ニュートリノを区別するために、以下のような方法を用いています。
J-PARCでのニュートリノは約3秒に1回、5マイクロ秒間(1マイクロ秒は100万分の1秒)発射されます。J-PARCでニュートリノが発射された時刻とスーパーカミオカンデで観測された反応の時刻は、GPS衛星の電波を使って正確に記録されます。 ニュートリノの発射時刻は、J-PARCから学術情報ネットワーク(SINET3)を利用してスーパーカミオカンデに伝えられます。その発射時刻に、J-PARC-神岡間のニュートリノの飛行時間(約1000分の1秒)を加えた時刻が、スーパーカミオカンデにJ-PARCからのニュートリノが到達する時刻になります。この時刻に検出された反応を選び出すことによって、J-PARCからのニュートリノを判別することができるのです。
J-PARCでのニュートリノビームは3秒間に1回、5マイクロ秒間、8回に分けて発射されます。
スーパーカミオカンデで検出されたJ-PARCからのミューニュートリノの候補。
スーパーカミオカンデで検出された電子ニュートリノ出現事象の候補。
しかし、ここで低いエネルギーの反ニュートリノを用いる原子炉実験から得られた結果と、比較的高いエネルギーのニュートリノを用いるT2Kから得られた結果に若干の違いが見えてきました。これは、ニュートリノと反ニュートリノの振動に違いがある可能性を示唆しています。ミューニュートリノからタウニュートリノへのニュートリノ振動に関わる振動パラメータθ23、Δm232についてT2K実験は世界最高感度での測定に成功しています。しかし、現在はより高い精度の測定が求められており、これを実現するための努力が続けられています。
既に述べたようにθ13の値が測定され、これが研究者たちの予想よりも比較的大きかったこと、また、原子炉実験とT2K実験の結果に違いがあったことなどから、ニュートリノと反ニュートリノの振動の違いを調べることが次の大きな目標となりました。現在は、加速器で反ニュートリノビームを生成、神岡に打ち込み、振動の違いを直接検証するためのデータ収集が行われています。
T2K実験によって測定された、振動パラメータθ23、Δm232の許容領域
T2K実験によって測定された、振動パラメータθ13、δCPの許容領域
超新星背景ニュートリノの探索(SK-Gdプロジェクト)
宇宙に漂う超新星爆発の残骸の歴史的証拠
超新星爆発が起きる時に放出されるニュートリノは、1987年に世界で初めてカミオカンデ実験で観測されました。(こちらをご覧ください。) それ以降我々の銀河付近で超新星爆発が起こっていないため、超新星爆発時のニュートリノは観測されていません。
しかし、宇宙空間には、宇宙が誕生してから現在までの超新星爆発によって放出されたニュートリノが漂っていると考えられます。現在宇宙には、 10の20乗個(1兆個の1億倍)の恒星があり、そのうちの0.3%、つまり約10の17乗個(兆個の10万倍)の星は超新星爆発に必要な太陽の8倍以上の質量を持っていて、超新星爆発を起こしてきたと考えられています。
誕生以来の宇宙に蓄積されてきたニュートリノを検出し、観測することによって、星々が作られてきた歴史を探ることができます。さらに、超新星爆発は、ヘリウムよりも重い重元素が生まれた源であり、我々自身を構成している物質の起源をも探ることになります。
検出のための新たな試み
私たちの身の回りに漂う超新星背景ニュートリノの『流束』は、1秒間に1cm2あたり数十個と見積もられています。これは、高いエネルギーの太陽から放出されているニュートリノが600万個であるのに比べると、非常に少ないと言えます。スーパーカミオカンデでは、超新星背景ニュートリノからの信号が、1年間に0.8~5個捉えられていると期待されています。しかし、太陽ニュートリノや他のバックグラウンドによる信号と超新星背景ニュートリノによる信号とを見分けるためには、新たな手法が必要となります。
超新星爆発ではすべての種類のニュートリノが生まれますが、そのうちスーパーカミオカンデで最も観測しやすいのは反電子ニュートリノです。反電子ニュートリノは、 陽子と反応して陽電子と中性子を発生します。陽電子は水中でチェレンコフ光を発するので、観測することができます。そこで、陽電子だけで なく、中性子による信号も水中でとらえることによって、反電子ニュートリノからの信号を他の現象と区別しようとしています。
超新星爆発からのニュートリノを検出するための新たな手法
中性子による信号をとらえるため、スーパーカミオカンデにガドリニウムという物質を0.1%程度の濃度で加えます。ガドリ ニウムは中性子を捕獲する確率が非常に大きく、かつ捕獲した後にチェレンコフ光を発生するエネルギーの高いガンマ線を放出するため、スーパーカミオカンデで検出することができます。
スーパーカミオカンデの超純水に0.1%だけガドリニウムを加えた場合、5年間のデータで4~20個の超新星背景ニュートリノの信号を世界で初めて検出できると考えています。
実証実験からSK-Gdへ
スーパーカミオカンデでは、太陽、大気、人工ニュートリノを使った精密ニュートリノ観測が常に行われているため、ガドリニウムを加えて も他の観測に影響を与えないことを確認しなければなりません。そのため、神岡鉱山内のスーパーカミオカンデ近くに新たな空洞を掘り、100トンクラスの“ミニスーパーカミオカンデ”ともいうべき試験用の水タンクを用いて、ガドリニウムを使用したニュートリノ検出器の実証実験を行っています。これまでに、ガドリニウム を加えても十分良い水の透過率 (70m以上) が保証されていることやタンクの構造体を腐食させたりしないことなどを検証しました。
2010年3月に実験装置を設置する新地下実験室が完成し、6月には200トンの試験用水タンクが完成しました。水の純化装置等建設が完了した後、水の循環試験を2011年1月〜2013年4月に行いました。 2013年8月、水タンクに光電子増倍管が取り付けられました。
ガドリニウム試験用実験装置
その後、純水でデータ取得し、2014年11月からガドリニウムを3回に分けて目標の濃度になるまで段階的に加えてきました。2回目の投入で目標の半分の濃度に達し、水の透過率もスーパーカミオカンデと同程度であることが確認されました。2015年4月に3回目のガドリニウムを投入し、目標の濃度まで達成しました。これにより、2015年6月にスーパーカミオカンデ研究グループは、ガドリニウムを溶かすプロジェクトを『スーパーカミオカンデGd(SK-Gd)』として承認し、実現に向けて大きく動き出しました。
テスト用200トンタンクの内部
すでに、中性子線源を用いた検出器較正により、ガドリニウムによる中性子捕獲の後放出されるガンマ線の検出にも成功しています。今後、200トンタンク中でガドリニウム溶液の散乱⻑の測定や、ガドリニウム溶液中の放射性不純物測定により、水質の理解を進め、スーパーカミオカンデへガドリニウムを投入した際の影響をより詳細に調べていきます。また、実際にスーパーカミオカンデを改造するスケジュールは、現在実験中のT2Kと調整をしているところです。スーパーカミオカンデがスーパーカミオカンデGdに生まれ変わるまで、もう一歩のところまできています。
スーパーカミオカンデについて