【詳報】新生スーパーカミオカンデがスタート、ガドリニウムを加え、新たに観測開始
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スーパーカミオカンデ(SK)では、タンク中の純水にレアアースの一種であるガドリニウム(Gd)を導入し、新たな装置として観測をスタートさせました。これにより、特に宇宙の初期から起きてきた超新星爆発によって蓄積されたニュートリノである「超新星背景ニュートリノ」の観測が高感度で行えるようになりました。他にも、銀河系での超新星爆発に対して観測精度の向上、大気ニュートリノ事象や人工ニュートリノ事象に対してニュートリノ事象と反ニュートリノ事象の識別など、これまで行っている他の研究テーマに対しても感度向上が期待できます。Gd導入の詳細について解説します。
スーパーカミオカンデ検出器
岐阜県飛騨市神岡鉱山内の地下1,000mに設置されているスーパーカミオカンデ検出器は、直径39.3m、高さ41.4mの円筒形タンクに貯めた5万トンの「水」を標的とし、タンクの壁に設置された約1万3千本の光センサーによってその水中で起こるニュートリノ事象を捉えます(図1)。1996年に実験がスタートして以降、太陽ニュートリノ、大気ニュートリノ、人工ニュートリノなどの観測を通じて、ニュートリノの性質を解明してきました。

超新星爆発ニュートリノ
超新星爆発は太陽の約8倍以上の質量をもつ星がその一生の最後に起こすと考えられていて、宇宙で最も大きなエネルギーを放出する天体現象のひとつです。太陽が一生の間(約100億年)に放出する総エネルギーの約300倍に相当するエネルギーを10秒間程度で一気に放出します。その爆発エネルギーの99%はニュートリノによって放出され、残りのわずか1%のエネルギーで星をばらばらにしています。超新星が輝いてみえる光のエネルギーは全体の0.01%程度しかありません。したがって、光よりも超新星爆発にともなうニュートリノを観測することができれば、爆発の本質を探ることができるのです。
歴史上、観測された超新星ニュートリノは、1987年に観測された大マゼラン星雲での超新星SN1987Aの1例のみです。SKの前身である「カミオカンデ」は11個のニュートリノを捉えました。少ない事象数ですが、予想していたようなレベルのエネルギーが放出されたこと、爆発は10秒程度であったことが分かり、それは超新星爆発の基本的なシナリオとよく合っていました。
超新星爆発は、超高密度での物質のふるまい、一般相対性理論など複雑なメカニズムが関わってくるため、物理学の基本法則を検証する絶好の対象です。長年、天体物理学の理論研究者が最新の情報を入力して爆発のシミュレーションをしてきていますが、いまだに納得のいく理解がされていません。爆発メカニズムの解明のためには、豊富なニュートリノのデータが必要です。SKはカミオカンデの約15倍の容積を持ち、我々の銀河系において超新星爆発がおきた場合には、約8,000ものニュートリノ事象をSKは捉えることができ、爆発メカニズムの解明に大きく寄与できると考えています。ただし、我々の銀河系で起きる超新星爆発の頻度は30年から50年に一度と予想されており、今後SKで捉えることができたとしても1~2回程度の爆発に限られます。もっと多くの超新星爆発に関する情報を得るには我々の銀河系よりもずっと遠くの銀河を対象にしないといけません。
宇宙に漂う超新星背景ニュートリノを探す
実際、宇宙には数千億個の銀河がありますので、宇宙全体を見渡せば常にどこかで超新星爆発が起きています。その頻度は毎秒数回になります。それぞれの超新星爆発においてニュートリノが放出されるので、超新星爆発ニュートリノは宇宙に拡散し、蓄積していきます。(図2参照)このニュートリノを「超新星背景ニュートリノ」とよびます。理論的な計算によれば、その蓄積された量は私たちの掌を一秒間に数千個通り抜けるほどになります。これは、SKタンク内で年間に数回反応する程度のレベルに相当します。今まで運転してきたSK検出器内部でもこうした反応が起きてきたはずですが、爆発した時間も分かりませんし、ノイズによる反応と見分けがつかず、観測することができませんでした。超新星爆発ではすべての種類ニュートリノ(電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノ)が生まれ、「粒子」も「反粒子」も生まれます。SK検出器内の水と最も反応しやすいのは、「反電子ニュートリノ」です。反電子ニュートリノは陽子(H2OのHの原子核)と反応し、陽電子と中性子を生成します。今までも超新星背景ニュートリノの探索を行ってきましたが、この反応によって生じる「陽電子のみ」による事象を探していました。似たようにみえる現象には、宇宙線がタンク内で生成する放射性原子核や太陽ニュートリノが電子を弾き飛ばす現象などがあり、そうした「ノイズ」による現象は年間数万事象もあり、その中に埋もれた数事象の超新星背景ニュートリノ事象を探し出すのは不可能でした。

ガドリニウムによる性能向上
ガドリニウム(Gd)は原子番号64の元素であり、希土類元素(レアアース)の一種です。ガドリニウムは、全元素のなかで中性子を捕獲する能力がダントツに優れています。SKタンク中の純水にガドリニウム(Gd)を溶解すると、図3のように反電子ニュートリノが反応した際に生成される中性子がGdに捕獲されて、ガンマ線を放出するようになります。そのガンマ線がやはりチェレンコフ光を発生するため、非常に特徴的な発光がSKタンク内でおきます。まず、陽電子によるチェレンコフ光が発生し、その直ぐあと(数十~百マイクロ秒)にタンク内のほぼ同じ場所(約50cm以内)からガンマ線によるチェレンコフ光が発生します。ノイズによる現象ではこのように見えることはほとんどありませんので、超新星背景ニュートリノによる反応を選び出すことができるようになります。Gdの中性子の捕獲能力は非常に優れており、たった0.01%の濃度で水に溶かしても50%の効率で中性子を捕獲することができ、90%の効率を得るのも0.1%の濃度で十分です。

超新星背景ニュートリノが観測されれば何が分かるでしょうか? まず、超新星爆発の平均的な様子が分かると考えられます。超新星背景ニュートリノはこれまでに宇宙で起きてきた超新星爆発の『積分』現象ですので、平均的になっているというわけです。また、超新星背景ニュートリノのエネルギースペクトルを測定することができれば、宇宙のどの時期に多くの超新星爆発が起きてきたか、といった「超新星爆発の歴史」を探ることができます。超新星爆発は星の中心核が重力崩壊した際におこる現象ですが、場合によっては重力崩壊後にブラックホールができて、光でみえる超新星爆発はおこらないかもしれません。しかし、ブラックホールを生成する重力崩壊でも、ブラックホールができるまでの間に充分な量のニュートリノが放出されると考えられています。そこで、超新星背景ニュートリノの強度と光で観測される超新星爆発の頻度とを比較すれば、どのぐらいの割合でブラックホールができるかが分かるはずです。このように、超新星背景ニュートリノが観測されれば超新星爆発の理解がより進むと考えられます。ちなみに、我々の身の回りにある多種多様な元素は、大質量星の中で核融合反応が進む間や超新星爆発の際、あるいは中性子星(超新星爆発の後にできる高密度天体)同士の合体によって生まれたと考えられています。超新星爆発の理解は宇宙での元素合成の理解へとつながります。
ガドリニウムの安全取り扱いについて
Gdは大きな中性子捕獲能力を持つこと以外にも、大きい磁気モーメントを持つという特長もあり、MRI(核磁気共鳴画像法)検査における造影剤としても使われています。自然界には、例えば日本の土壌中に3~7ppmの濃度で存在しています。Gdに対しては環境基準、排水基準などの法的な規制はありません。しかし、河川にはあまり存在しない物質(神通川下流域でのGd濃度は4~10ppt)ですので、十分配慮して取り扱うべきであると考えています。
そのため、2018年にはSKタンクの改修工事を行いました。SKタンクでは以前、一日約1トンの純水が漏れていました。そこで、タンク内壁を構成するステンレスパネルのすべての溶接のつなぎ目に止水剤を塗り保護しました(図4参照)。この改修工事の後、タンクから有意な水漏れは確認されていません。また、今後もガドリニウムを含んだ水の漏れがないか継続的に監視していきます。

ガドリニウムの導入
2018年のタンク改修工事の後、2019年2月にかけて純水を給水しました。次に以前から利用してきた純水装置を使い循環純化し、2019年末までに不純物の混入が極めて少ない純水でタンクを満たした状態にしました。その後2020年2月まで、純水を新開発の硫酸ガドリニウム水の循環純化装置で処理する試験を行い、タンク内純水の透過率を元の純水装置と同じレベルで保てることを確認しました。新たな純化装置で最も重要なエレメントは、Gd3+,SO42-を保持したまま他のイオンを除去する特殊なイオン交換樹脂です。これは東京大学とオルガノ株式会社とで共同開発したものです。
そして、この度SKに13トンの硫酸ガドリニウム八水和物(Gd2(SO4)3∙8H2O)を導入しました。これは5万トンのSKの純水に対して重量比で0.026%のGd2(SO4)3∙8H2O濃度であり、Gdの濃度としては重量比0.01%になります。SKは太陽ニュートリノ観測においても世界で最も精度の良い観測装置ですが、その性能を保持するために極めて放射性不純物の少ない硫酸ガドリニウムを開発する必要がありました。日本イットリウム株式会社と共同で、そのような高純度硫酸ガドリニウムを開発しました。
以下、導入システムと導入方法について詳しく紹介します。
図5に導入システムの構成図を示します。システムの写真を図6に示します。SKタンクからは60トン/時の流速で純水が導入システムへ送られ、12トン/時と48トン/時に分岐され、12トン/時の流れに15.6kg/時の量でGd2(SO4)3∙8H2Oを溶解しました。Gd2(SO4)3∙8H2Oは白い粉状の物質(図7)ですが、それが送粉機(図8左)によって定量されて、溶解用のキャビテーションポンプ(図8右)へ送られ、溶解タンクとの間で高速循環させながら溶解します。こうして、0.13%の濃度のGd2(SO4)3∙8H2O溶液ができ、それは「前処理部」にて精製されます。前処理部でも重要なエレメントは新開発のイオン交換樹脂です。





0.13%濃度のGd2(SO4)3∙8H2O溶液は48トン/時に純水の流れと合流し0.026%濃度のGd2(SO4)3∙8H2O溶液になり、試験済みの「循環部」を通してSKタンクへ送られました。(循環部は前述のように、導入が完了した後に常時SKタンク水を循環させる部分でその際はシステムを2重にして120トン/時で循環させます。)
Gdの導入は7月14日にスタートしました。導入方法は図9に示すようにタンク上部から純水をガドリニウム導入システムへ送り、溶解したGdを含む水をタンクの底部へ送ることとしました。導入する前には純水装置を使用してタンクの水温を約0.3℃上昇させておき、Gd水を給水する際には水温をタンク水に比べて0.3℃低い温度のGd水を供給することによって図9のようにタンク底部から積み上げるように導入することをもくろみました。これによって、タンク水をほぼ1循環させる時間(約35日間)で導入することができます。

実際の導入実績を紹介します。図10は積算導入Gd2(SO4)3∙8H2O量を示しますが、一本の直線になっており、システムが非常に安定してガドリニウムを導入したことが分かります。導入は8月17日に完了しました。図11はタンク内のGd濃度が日々どのように変化していったかを示していますが、図9のようにタンク底部から上へ積みあがるようにしてGdがタンク内へ入っていったことが分かります。

