XENONnT実験での太陽ニュートリノによる原子核散乱事象の測定結果
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XENONコラボレーション
東京大学宇宙線研究所 (ICRR)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)
名古屋大学素粒子宇宙起源研究所 (KMI)
名古屋大学宇宙地球環境研究所 (ISEE)
神戸大学大学院理学研究科
<発表概要>
東京大学宇宙線研究所(ICRR)、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)、名古屋大学素粒子宇宙起源研究所(KMI)、名古屋大学宇宙地球環境研究所(ISEE)、神戸大学が参加する、米国・欧州・日本を中心とした国際共同実験XENONコラボレーションは、現在稼働している暗黒物質探索実験であるXENONnT(ゼノンエヌトン)実験において、太陽で生成されたニュートリノとキセノン原子核の散乱をはじめて観測しました。本結果は、イタリア・ラクイラで開催されている国際会議「IDM2024」で日本時間7月10日に報告されました。
太陽で生成されるニュートリノとキセノン原子核の散乱事象は、微弱かつ非常に稀な現象であるため、高感度・大質量の検出器を使った長期の測定による観測が必要です。世界をリードする暗黒物質探索実験であるXENONnT実験の検出器は、大型の液体検出器でありながら、優れた検出器性能と背景事象の除去能力を持つため、微弱かつ非常に稀な現象の観測に最適な装置です。XENONnT実験で取得した約3.5トン年のデータを解析した結果、観測した信号が背景事象のみに起因する確率が0.35%であるという有意度でニュートリノとキセノン原子核の散乱事象を観測しました。この成果はそれ自体が初観測であるだけでなく、暗黒物質探索実験の検出器としての性能の高さを示す重要なマイルストーンと言うことができます。
<発表内容>
XENONnT実験はイタリア・INFNグランサッソ国立研究所で行われている暗黒物質直接探索実験です。宇宙線などの背景事象の起源となる放射線を避けるために、暗黒物質探索やニュートリノ観測実験は、本研究所や岐阜県飛騨市神岡町にある地下の実験室等で行われています。
XENONnT検出器は、これまでにXENON実験が観測をおこなってきた装置よりも高い感度で暗黒物質を探索できるように設計されました。検出器の中核をなすのは、気体・液体キセノンからなる2相式キセノン”タイムプロジェクションチェンバー”(TPC)で(写真参照)、5.9トンの超高純度液体キセノンで満たされています。XENONnT検出器には、「大質量のキセノンを-95℃に保つための冷却装置」「キセノン中に含まれる放射性不純物を常時除去するオンラインキセノン蒸留システム」「最新の検出器コントロールおよびデータ取得システム」そして「中性子背景事象を低減するためのガドリニウムを用いた中性子検出器」の4点が新たに導入されました。また、外部からの放射線を遮蔽するために、検出器は宇宙線ミュー粒子と環境中性子の検出器を備えた700トンの水タンク内に設置されています。
本実験で観測した、太陽内部で生成され地上に届くニュートリノとキセノン原子核との散乱は、ニュートリノ‐原子核コヒーレント弾性散乱と呼ばれ、1974年に予言されています。この散乱は標準理論と呼ばれる物理理論の枠組み内の現象であるものの、散乱で与えられるエネルギーが非常に小さいことと、反応確率が非常に小さいことから、その実験的な検証には40年以上を要しました。2017年に、COHERENTグループが、米国テネシー州のオークリッジの中性子施設で人工的に生成した高エネルギーニュートリノを使った実験でニュートリノと原子核の散乱を初観測しました。今回のXENONnT実験での観測は、太陽内部、つまり地球外で生成されたニュートリノと原子核の散乱をとらえた初めての報告となります。
この初観測が可能となったのは、XENONnT検出器が低エネルギー事象まで観測可能であることと、背景事象が非常に少ないことによります。XENONnT検出器で取得した2021年7月7日から2023年8月8日までの約3.5トン年相当のデータに対して、ブラインド解析と呼ばれる、解析条件を確定するまでは実際の結果を隠しておく慎重な解析をおこないました。この結果、低エネルギーの原子核反跳の信号に、期待される背景事象よりも有意な超過が確認され、ボロン8と呼ばれる太陽ニュートリノによる信号と矛盾しませんでした。この信号超過は統計的有意度では2.7シグマに相当し、観測された信号が背景事象のみに起因する確率が0.35%であることに相当します。地球外の天体起源のニュートリノを原子核散乱として検出した初の例となる本結果は、暗黒物質探索実験の検出器としての性能の高さを示す重要なマイルストーンでもあります。これにより、暗黒物質探索実験はニュートリノ事象が背景事象となるニュートリノフォグ(ニュートリノの霧)と呼ばれる新領域の探索に入ります。XENONnT実験は今後もデータ取得を続け、暗黒物質など宇宙物理や原子核物理での新しい発見を目指します。
※日本グループのXENON1TおよびXENONnT実験に関わる活動は、日本学術振興会・科学研究費助成事業 (18H03697、18KK0082、19H05802、19H05805、19H00675、19H01920、21H05455、21H04466、21H04471、22H00127, 23H00104, 24H00223)、同研究拠点形成事業(JPJSCCA20200002)、およびJST創発的研究支援事業(JPMJFR212Q)の支援を受け行われています。
XENONプロジェクトの詳細については、こちらのページをご覧ください。
<宇宙線研究所の貢献>
本研究には、宇宙線研究所から森山茂栄教授(宇宙線研究所附属神岡宇宙素粒子研究施設、次世代ニュートリノ科学・マルチメッセンジャー天文学連携研究機構、カブリ数物連携宇宙研究機構)、竹田敦准教授(同左)、安部航助教(同左)、吉田将特任研究員(宇宙線研究所附属神岡宇宙素粒子研究施設)、神長香乃氏(宇宙線研究所附属神岡宇宙素粒子研究施設、東京大学理学系研究科博士課程)が参加しています。
XENON実験では、暗黒物質の直接検出を目指し高感度でノイズレベルの低い検出器を運転することに成功しており、それにより未発見の様々な粒子や、観測されたことのない現象をこれまでにない感度で探索してきました。そして今回、太陽ニュートリノが生じる原子核散乱を測定することに成功しました。森山教授は「スーパーカミオカンデでは太陽ニュートリノが水に含まれる電子を散乱する現象をこれまで25年以上観測してきているのですが、XENONnT実験では太陽ニュートリノがキセノン原子核を散乱する現象を始めて測定することに成功したのです。測定された事象数はまだ10個ほどですが、太陽ニュートリノによって生じると期待される事象数と矛盾しませんでした。ニュートリノのような電気を持たない粒子が原子核を散乱する現象は、まさにXENONnT実験が暗黒物質を検出するための原理でもあるため、今回の測定結果は暗黒物質が原子核散乱を生じればそれを予想された精度で観測できることを実証したことになります。今回の測定は暗黒物質の探索と同じ方法を用いており、宇宙線研メンバーがXMASS実験やスーパーカミオカンデで開発されたユニークな技術をXENON実験に取り入れることで測定に貢献しています。我々の技術は、今後数年間継続する暗黒物質探索や太陽ニュートリノ観測などを通じてその実力をさらに発揮することが期待されます。なお、我々の近傍で超新星が生じた場合にも、同様の原理に基づいて超新星からのニュートリノを観測できると考えられています。これからのXENON実験の成果に注目ください。」とコメントしています。
XENONコラボレーションには、日本から名古屋大学、東京大学、神戸大学の3機関が参加しています。XENONnT実験による暗黒物質探索の遂行にあたっては、SK-Gd実験の経験を活かしたガドリニウム水チェレンコフ検出技術を用いた中性子反同時検出器や、XMASS実験で培った液体キセノン純化システムへの貢献を行っているほか、本報告に含まれるボロン8ニュートリノやより低エネルギーのいわゆるpp太陽ニュートリノの観測にも取り組んでいます。
【XENON Collaborationによるプレスリリース(英語版)】
2024.7.10 First measurement of a nuclear recoil signal from solar neutrinos with XENONnT
<連絡先>
Contact Information:
XENONnT Collaboration
Website: https://xenonexperiment.org/
Email: xe-pr@lngs.infn.it
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