電磁気力も重力も、
すべての力はもともとひとつ?
みなさんは、この世界にどんな「力」があるか知っていますか?
身近なのは「電磁気力」や「重力」ですが、
実はミクロの世界には「弱い力」「強い力」という力も存在します。
これら4つの力は、宇宙が生まれたばかりの頃は、同じひとつの力だったと言われています。
ハイパーカミオカンデで探索する「陽子崩壊」は、重力以外の3つの力がもともと一つだったことを示す証拠となるのです。
宇宙が変化して、力が分かれた?
私たちの世界に存在する4つの力
実は弱い「重力」、ものを触るときにも働く「電磁気力」
この世界には、「4つの力」があることが知られています。たとえば「重力」は、私たちの体を地球に引きつけたり、星やブラックホールなどの天体を作ったり、とても強いイメージがあります。しかし、実は「4つの力」の中で最も弱いのです。これは、鉄板などに小さな磁石をくっつけても落ちないことからもわかります。地球というとても大きなものが生み出す重力に、小さな磁石の磁力(電磁気力)が勝っているのです。
重力よりも磁石の力(電磁気力)の方が強いから落ちない。
「電磁気力」は、電力や磁力のこと。電化製品を動かすときはもちろん、ものを触るときにも電磁気力が働いています。私たちの体や物質は無数の原子からできていて、中心にある原子核の周りを電子が回っています。私たちが何かを触るとき、マイナスの電荷をもつ電子同士が反発していて、実際には手と物質の間にわずかな距離があるのです。
手とボールの間に電磁気力が働いている。
物質を作る「強い力」、粒子を変化させる「弱い力」
また、電磁気力は原子核(+)と電子(-)を結びつけて原子を作るときも働いています。この原子核の中には、陽子(+)と電荷ゼロの中性子があります。陽子が複数あるとき、反発しようとする電磁気力よりも強く働き、原子核がバラバラになってしまうのを防いでいるのが「強い力」です。この力は、クォークという素粒子を結びつけて、陽子や中性子を作るときにも働いています。その名の通りとても強い力ですが、働く距離が非常に短いので、日常の世界で感じることはありません。
「弱い力」は電磁気力よりも弱いため、こう名付けられました。この力も普段感じることはありませんが、原子核のベータ崩壊を起こすなど、さまざまな粒子を別の粒子に変化させる重要な役割を果たしています。
これらの「力」は、実は素粒子が伝えています。電磁気力は「光子(光)」、強い力は「グルーオン」、弱い力は「Wボソン」と「Zボソン」です。(重力は「重力子」が伝えていると考えられていますが、まだ見つかっていません)。このような「力を伝える粒子」を物質粒子が投げ合うことで、力が働いているのです。「弱い力」が非常に弱いのは、「『Wボソン』『Zボソン』が非常に重く(陽子80~90個分の重さ)、投げることが難しいため」と考えることができます。
「強い力」「弱い力」は、原子などの粒子の世界で働いている。
3つの力を統一する「大統一理論」
宇宙が冷えていき、分かれた力たち
現在は全く別のものに見える「4つの力」ですが、宇宙が生まれたばかりの頃はひとつの力でした。しかし、とても熱かった宇宙が膨張して冷えていくにつれて、まず重力、次に強い力、そして電磁気力と弱い力に枝分かれしていったと考えられています。
宇宙誕生から
0.00000000001秒後には
4つの力に
「弱い力」が分かれたのは宇宙誕生から10-11秒後(0.00000000001秒後)のこと。
あっという間に力は4つになりました。
※指数の計算例:102=100、103=1000、10-2=0.01、10-3=0.001
力が分かれるとは、どういうことでしょう? 電磁気力と弱い力の分岐は、「電弱統一理論」によって明らかになっています。最初は「光子」と同じように光速で飛び回っていた「Wボソン」「Zボソン」が、宇宙が冷えて粒子に質量が生まれたことで自由に動けなくなってしまったのです。
当時の宇宙は、陽子1京個分の超高エネルギー状態
一方、重力と強い力の分岐については、まだハッキリわかっていません。宇宙の歴史をさかのぼるなら、次に統一されるのは「強い力」です。重力を除く3つの力を統一する理論を、「大統一理論」と呼びます。
力の統一を検証するには、統一されていた時代の宇宙と同じ高エネルギー状態を作り出す方法があります。しかし、3つの力が分岐する前の時代は、陽子の大きさ10-15mよりも遥かに小さい10-32mの宇宙に、1016GeV(陽子のエネルギー約1京個分)という状態でした。ここまでの超高エネルギー状態は、人工的に作り出すことができません。では、どうすればこの理論を証明することができるのか? その鍵となるのが、ハイパーカミオカンデで発見・観測を目指す「陽子崩壊」なのです。
「陽子崩壊」の探索で、理論の実証へ
ハイパーカミオカンデなら、陽子の寿命を検証可能?
陽子が壊れる現象は、これまで見つかっていません。素粒子物理学の定説である「標準理論」でも、基本的に陽子は「壊れない」とされています。陽子と出会うと対消滅する反陽子はあるものの、反陽子そのものが陽子と同時に対生成されるため、宇宙全体の陽子の数が変化することはなかったのです。しかし「大統一理論」は、「陽子がいつか壊れる」と予言します。それによれば陽子の平均寿命は、現在の宇宙の年齢(約138億年)の100億倍の100億倍以上。途方もない長さですが、十分な数の陽子を集めて観察すれば、崩壊を観測できる可能性があります。
現在稼働中のスーパーカミオカンデでも2万2500トン(陽子7.5×1033個)の水を集めて25年以上観察していますが、いまだ崩壊は観測されていません。これによって陽子の寿命は、当初の想定よりも長い1034年以上であることがわかりました。スーパーカミオカンデの約10倍の体積を誇り、感度も飛躍的に向上するハイパーカミオカンデにいっそう期待が集まります。
「陽子崩壊」は、素粒子の常識も変える
「陽子崩壊」の観測には、もうひとつ大きな意味があります。物質を構成する素粒子は「クォーク」と「レプトン」に分類されますが、この2つの関係性を明らかにできると期待されているのです。その関係性とは何か?「クォーク」と「レプトン」は同じ素粒子でありながら、見え方が違ったものという可能性があります。「クォークとレプトンが実は同じ素粒子だった」とわかれば、素粒子の標準理論を大きく発展させる重要な発見となります。
陽子崩壊とは【Youtube】
「u」と「d」はクォークを表している。
クォークが消え、レプトンが残る
この図は陽子崩壊の一例です。動画を見るとわかりやすいですが、最後には3つあるクォークの1つが無くなってしまいます。一方、生まれたのはレプトンである陽電子です。陽子(クォーク)からレプトンが出てきたと考えることができます。
もっとシンプルなルールが存在するはず
標準理論は、素粒子物理学の基本となっていますが、それだけでは説明できないことがたくさんあります。「素粒子はなぜ17種類もあるのか?」「クォークとレプトンはなぜ両方とも3世代なのか?」「なぜそれぞれの素粒子の重さにこんなに差があるのか?」「なぜ陽子と電子の電荷の大きさは完全に一緒なのか?」標準理論を超えた、もっとシンプルなルールが存在するのではないでしょうか?
陽子崩壊がいつ観測できるのか、そもそも本当に壊れることはあるのか、答えは誰にもわかりません。しかし、実験をしなければその先には進めないのです。実験代表者の塩澤眞人先生は「私は崩壊を信じています」と言います。これを読むみなさんもぜひ、陽子崩壊が見つかるその日を楽しみにしていてください。