監修

早戸 良成 准教授
武長 祐美子
(東京大学宇宙線研究所
神岡宇宙素粒子研究施設)

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03

私たちが存在するのは
ニュートリノのおかげ?

もしかしたら、私たち生命も星も「何ひとつ物質が存在しない宇宙」になっていたかもしれない
……と聞いたら、「そんなバカな」と思われるでしょうか?
なぜ、現在のように物質だらけの宇宙になったのか?
その謎を解く鍵が、ハイパーカミオカンデで観測を行うニュートリノにあるかもしれないのです。

現在の宇宙は、反粒子ではなく粒子でできている。

「物質のない宇宙」の方が自然?

粒子と対消滅する「反粒子」が同じ数だけあった

粒子には、それと対をなす「反粒子」というものがあります。現在の宇宙は粒子でできており、反粒子はほとんど存在しません。ごくまれに宇宙で生まれて飛んでくることもありますが、地球のように物質が豊富なところに来るとすぐに消えてしまいます。粒子と反粒子は出会うと対消滅してしまうからです。

しかし、宇宙創生期には、粒子と反粒子は「同じ数だけ」存在していたと考えられています。それからすぐ対消滅をくり返し たのに、なぜか、粒子だけが残ったと考えられています。「同じ数だけ」あったにも関わらず、です。まるで「10億-10億=1」のような不自然さがあります。この原因のひとつとして、粒子と反粒子の間に「CP対称性の破れ」というほんの少しの「違い」があったのではないかと考えられています。

ニュートリノと反ニュートリノの「違い」が鍵

「CP対称性」の「C」は電荷(Charge・チャージ)です。粒子と反粒子のペアには、たとえば電子(-)に対する陽電子(+)、アップクォーク(+)に対する反アップクォーク(-)などがあります。それぞれ反対の電荷をもっていますが、他の性質は同じ。「Cの対称性をもつ」とは、「電荷を反対にしても、同じ物理現象が同じ確率で起きる」ということです。

「CP対称性」の「P」は鏡映(Parity・パリティ)です。たとえば風などの影響がない状況でピッチングマシンに同じ力・同じ回転でカーブを投げさせたとき、左右での曲がり具合は同じになるはず。それにも関わらず、たとえば「左だけ曲がる角度が大きい」などの差異がある状態を、「P対称性が破れている」と呼びます(ただし実際には、「左右・上下・前後のすべてが逆になった状態」で考えます)。

同じ条件なら、左右で同じ動きになるはずだが……。

物質を構成する主な素粒子であるクォークでは、すでに「CP対称性の破れ」が確認されています。しかし、それだけでは現在の宇宙を作り出すために必要な違いの「1兆分の1」しかありません。そこで注目されているのがニュートリノです。ニュートリノと反ニュートリノの間に大きな「CP対称性の破れ」が存在していたおかげで、現在の物質中心の宇宙になった可能性があるのです。では何が違うのか? それは、梶田隆章先生のノーベル物理学賞受賞理由にもなった「ニュートリノ振動」の「揺れ具合」です。

3種類を行き来するように変身する「ニュートリノ振動」

素粒子「ニュートリノ」

分子や原子はもちろん、原子の核にある陽子や中性子よりも小さい「物質の最小単位」と考えられているのが「素粒子」です。2022年までに17種類の素粒子が発見されていて、ニュートリノもそのひとつです。ニュートリノは「レプトン」というグループに分類されます。同じレプトンの電子などとよく似た性質をもちますが、電荷をもたず、長年質量ゼロと信じられていたほど軽いという点では大きく異なります(なぜこんなに軽いのかというのも、残された謎のひとつです)。

ニュートリノは、粒子でもあり「波」でもある

「ニュートリノ振動」について理解を深めるには、先に「量子」の特性を知っておく必要があります。私たちの日常の世界では考えにくいのですが、すべての素粒子は波と粒子の性質を併せもった「量子」です。たとえば大気ニュートリノは、宇宙から降ってくる粒子(宇宙線)と大気中の粒子がぶつかった結果生まれますが、そこから地球に降り注ぐときは「波」として伝わるのです。

3つの波が重なり合って「うなり」が生じる

さらに不思議なことに、このときニュートリノは「3つの波」が重なり合った状態で伝わります。3つの波はそれぞれ質量が異なっているせいで、伝わる振動数(波長)も異なります。このため、飛んでいるうちに少しずつ波がズレていき、「うなり」が生じます。たとえば2つの音叉があったとき、少し音程をズラして鳴らすと音の波が干渉し合って「ウワンウワン」とうなりますが、ニュートリノの波でも同じようなことが起こるのです。

このうなりによって、ニュートリノは「フレーバー」と呼ばれる電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノの3種類を行き来します。大気中で生まれたときはミューニュートリノだったのが、長い距離を飛ぶうちにタウニュートリノになったり、またミューニュートリノに戻ったりを繰り返すのです。揺れ動くように変身することから「ニュートリノ振動」と呼ばれます。

3つの波の「混ざり方」が変わると、
ニュートリノの種類が変わるんですね!

そう遠くない未来に、この謎は解ける?

ニュートリノと反ニュートリノの「振動」の
「揺れ具合」の違いを調べる

反ニュートリノも同様に「ニュートリノ振動」しますが、ニュートリノの場合との差を調べることで、「CP対称性の破れ」を検証することができます。現在稼働中のスーパーカミオカンデでも、295km離れた茨城県那珂郡東海村のJ-PARC加速器からの人工ニュートリノビームを用いた「T2K実験」を行っており、すでに途中段階の成果を報告しています。ハイパーカミオカンデでは、このJ-PARCのビーム強度を2.5倍に増強させ、データ量の不足による誤差を減らし、測定数を増やすことでさらに信頼度を高めていく予定です。

2030年代には、「発見」の可能性も

これまでの実験結果から「CP対称性の破れ」、つまりニュートリノと反ニュートリノの違いは「最大に近いのではないか」と期待されています。もしも「破れ」が最大なら、ハイパーカミオカンデ実験開始から3年ほどで「発見」となり、破れの大きさの測定が可能となってきます。最大でない場合でも、10年で破れの有無を判別できると見込まれています。

「CP対称性の破れ」発見の日はそう遠くありません。しかし、今後も2030年、2040年と研究は続いていきます。これからこの分野を目指される方がハイパーカミオカンデの研究に参加されるときにも、まだまだ謎は残っているはず。宇宙と素粒子の秘密をぜひ、ともに解き明かしてください。

現時点の最適値は「-113度」

-90度(または90度)に近いほど
「破れ」は大きい

ニュートリノと反ニュートリノの違い、つまり「CP対称性の破れ」の大きさを示すパラメータ「CP位相角」(現実の角度とは関係ありません)。上記は2022年5月時点のもの。次回発表ではどうなっているでしょう?