研究内容

宇宙と素粒子の誕生と進化、
そして未来まで

もともと宇宙創成の瞬間は、現在知られている強い力、弱い力、電磁気力、重力の4つの力が統一されており、宇宙の進化とともに宇宙の温度が下がり、力が分化していったと考えられています。

宇宙年齢にして10-38秒後、エネルギーにして1016GeVの世界を支配する大統一理論は、そのエネルギーの高さから、衝突型加速器実験で直接調べることは不可能である一方、ハイパーカミオカンデでは、陽子崩壊を探索することにより、直接大統一理論を検証することができます。もし陽子が壊れることになれば、我々人類も含む宇宙の万物が寿命を持ち、いつかは壊れてしまうことを意味します。

さらにニュートリノのCP対称性の破れなどの性質解明に加え、宇宙の重い元素の生成場所である超新星爆発や太陽から飛んでくるニュートリノの観測を通して、生命誕生にも関係する宇宙の進化の謎に迫ります。

超大型水チェレンコフ観測装置が可能にする
宇宙進化の謎の解明と大統一理論の検証

巨大検出器により、スーパーカミオカンデの100年分のデータがハイパーカミオカンデでは約10年で得られることになります。そのため、これまで見えなかった素粒子のまれな現象や、対称性のわずかな破れの測定が可能になります。

CP対称性の破れの測定

CP対称性の破れの測定

粒子にはそれと反対の電荷を持つ反粒子と呼ばれるパートナーが存在します。例えば、物質を構成する陽子や中性子などのバリオンと呼ばれる粒子には、反陽子や反中性子といった反バリオンと呼ばれる粒子が存在します。ビッグバンによって開闢した宇宙の初期、バリオンと反バリオンは同じ量だけ生成されると考えられますが、現在の宇宙ではバリオンが圧倒的に多く、反バリオンはほとんど観測されません。この非対称がなぜ起きたのかは未解決の謎となっています。しかし、それが起きるためにはいくつかの条件が必要であることが知られており、そのひとつがCP対称性の破れです。

C対称性とは粒子と反粒子を入れ替える対称性(Charge conjugation)であり 、Pとは鏡映(Parityの)対称性です。「ある系がC対称性を持つ」とは、粒子を反粒子に置き換えた系でも同じ物理現象が同じ確率で起きるということを意味し、「P対称性を持つ」とは、鏡映しの系において同じ現象が同じ確率で起きることを意味します。CP対称性があるとは、粒子と反粒子を入れ替え、鏡映しにした世界で物理現象の発生確率が同じであるということを意味します。

CP対称性

物質と反物質の非対称性を説明するには、バリオンにおいてCP対称性が破れている必要があります。すでにバリオン自体のCP対称性が破れていることは知られていますが、その破れは非常に小さく、これだけで宇宙の物質・反物質の非対称性は説明できません。そこで、バリオンのCP非対称性の起源はニュートリノのCP非対称性であるという理論が提案され、有力な仮説のひとつとして考えられています。

ニュートリノのC対称粒子は反ニュートリノです。もし、ニュートリノと反ニュートリノについて、ある現象の起きる確率に差があることが検証されれば、ニュートリノにおいてCP対称性が破れていることを示すことができます。

ニュートリノと反ニュートリノのニュートリノ振動の差を測定する。

ハイパーカミオカンデ実験では茨城県東海村のJ-PARC加速器によって作られたミューオンニュートリノビームおよび反ミューオンニュートリノビームをハイパーカミオカンデに打ち込み、それが電子ニュートリノもしくは反電子ニュートリノへと変化する確率の差を調べようと計画しています。CP対称性がニュートリノと反ニュートリノの間で破れている場合、その破れに従ってニュートリノ振動の確率の差があらわれることが予想されます。

ニュートリノの混合の度合いを表す「振動角」のパラメータは現在までにすべて有限な値を持つことが実験から明らかになっており、その値が比較的大きいこともわかっています。 このことからニュートリノと反ニュートリノの振動の違いを調べることにより、CP非対称性を実験的に検証できるという期待が高まっています。 CP非対称性の度合いはある角度δを用いてあらわされます。最もCP非対称の効果が顕著に見えるのは±90°の場合ですが、その場合、ハイパーカミオカンデは約10年の観測により、8シグマの有意性でCP非対称を発見できると期待されています。またδの取り得る値の75%の場合について同じく約10年の観測で3シグマの有意性でCP非対称性を発見できると期待されています。

ニュートリノ質量の順番の決定

ニュートリノには3種類存在することがわかっていますが、最近までニュートリノには質量がないと考えられていました。しかし、飛行中に種類が入れ替わる「ニュートリノ振動」という現象の発見により、ニュートリノには質量があり、そして3種類のニュートリノの質量(m1, m2, m3)がそれぞれ違うことがわかりました。

太陽ニュートリノや原子炉からのニュートリノの振動の観測からはm1とm2の質量の差m1-m2が得られ、大気ニュートリノの振動の観測からはm2とm3の質量の二乗差m22-m32が測定されました。しかし、これまでのニュートリノ振動実験でm2とm3について調べられたのは質量の二乗差だけなので、どちらが大きいかはわかっていません。m3が一番重い場合は「正常階層」と言い、m3が一番軽い場合は「逆階層」と言います。

ニュートリノ質量階層性。m1, m2, m3 のそれぞれのニュートリノ質量の値はわかっていませんが、可能な順番が2つあります。

質量階層性はなぜ重要か?

ニュートリノとその質量階層構造は素粒子や原子核と深いつながりを持っています。

我々の世界には4つの力(強い力、弱い力、電磁気力、重力)が存在しますが、宇宙誕生時の高温状態ではその4つの力は統一されていたと考えられています。こういった力の「統一」を説明する理論では、ニュートリノの質量階層は正常階層だと予言しています。その一方では、宇宙と素粒子の起源を説明し、逆階層を予言する理論もあります。現在の技術では宇宙誕生時の状態を再現することは不可能なので、これらの理論を通して宇宙初期の様相を理解するために、ニュートリノの質量階層構造を決定することは非常に重要です。

質量階層構造の決定は、ニュートリノの性質の解明、特にニュートリノと反ニュートリノの性質の違いの有無の解明においても、ひとつの不定性がなくなることから、実験精度の向上に大きく役立ちます。また、この宇宙に存在する鉄よりも重い物質は、すべて重い星が寿命を終えたときに起こした超新星爆発によって作られたと考えられています。この物質生成過程においても、ニュートリノの質量階層構造が大きな影響を与えています。

ハイパーカミオカンデにおけるニュートリノ質量階層構造測定

ハイパーカミオカンデは、宇宙線が大気中の原子核と衝突する時に生まれるニュートリノを大量にとらえることができます。その中でも、地球の裏側の大気で生成され、地球内部を通って検出器まで飛んでくるニュートリノは地球の物質の影響を受け、ミューオンニュートリノから電子ニュートリノへ、そして反ミューオンニュートリノから反電子ニュートリノへのニュートリノ振動の様子が変化します。ただし、その変化の度合いはニュートリノの質量階層によって変わり、正常階層の場合は電子ニュートリノの出現が強められ、逆階層の場合は反電子ニュートリノの出現が強められます。

このため、地球の裏側から来た電子ニュートリノへと振動した事象は、逆階層よりも正常階層の方が多く観測されることになります。(反電子ニュートリノへ振動した事象は、正常階層よりも逆階層の方が多く観測されます。)質量階層の違いは、観測において予想される分布に数パーセント程度の小さな違いを作ります。ハイパーカミオカンデが巨大なため、この小さな変化でも測定することができます。

ハイパーカミオカンデにおける質量階層性決定方法。ニュートリノ振動がない場合に比べて正常階層(赤)と逆階層(青)それぞれの電子ニュートリノの期待される事象数の差を示しています。地球の裏から来た、電子ニュートリノに振動した事象数は正常階層の方が逆階層に比べて多くなっている。

宇宙ニュートリノの観測

ハイパーカミオカンデではニュートリノそのものの性質を調べる研究だけでなく、その巨大な体積を生かして、宇宙からやってくるニュートリノを観測し「ニュートリノを出すもの」の研究(いわゆる天文学)を行うことも重要です。

太陽ニュートリノ

太陽中心部における核融合反応の際に放出されるニュートリノは、太陽を突き抜け約8分でハイパーカミオカンデに到達します。太陽表面に出てくるまでに数十万年かかる光での観測とは異なり、太陽内部の様子を「ほぼ」リアルタイムで知ることができます。

太陽はシュワーベ周期と呼ばれる11年ごとに活動を変化させることがわかっていますが、1996年からニュートリノでの太陽観測を続けるスーパーカミオカンデではそのような兆候は見えていません。ハイパーカミオカンデでより精密に観測を行い、太陽エネルギー源と太陽の進化の解明を目指します。

スーパーカミオカンデで観測した太陽ニュートリノフラックスの時間変化(赤丸)。横軸は1996年から現在まで。黒丸は太陽の黒点数。スーパーカミオカンデでは黒点数の変化に沿ったニュートリノの数の変化はとらえられていない。

超新星爆発からのニュートリノ

太陽の8倍以上の重さを持つ星は、その一生の最後に超新星爆発と呼ばれる大爆発を起こして中性子星やブラックホールになると考えられています。超新星爆発は宇宙で起こる現象の中で最もエネルギーが大きいもののひとつですが、その爆発エネルギーの99%はニュートリノとして放出されます。

スーパーカミオカンデの前身であるカミオカンデでは1987年2月23日大マゼラン星雲で発生したSN1987Aをニュートリノでとらえ、超新星爆発の理論構築に大いに役立ちましたが、スーパーカミオカンデではまだ超新星爆発をとらえられていません。

ハイパーカミオカンデでは超新星爆発の観測範囲を2Mpc (600万光年) まで広げることができます。超新星爆発をとらえることで爆発のメカニズムを詳しく調べ、中性子星やブラックホール誕生へも迫ります。(もちろん、我々の銀河 (10kpc) で超新星爆発が起きた場合には、約5万個というこれまでにない凄まじい数のニュートリノを検出することになるので、ニュートリノをはじめ素粒子の研究も飛躍的に進展します。)

1987年に発生した超新星爆発SN1987A。右が爆発前、左が爆発後。(copyright Australian Astronomical ObservatoryDavid Malin Images)

超新星背景ニュートリノ

一方、超新星爆発は宇宙の始まりから現在まで、宇宙のいたるところで起きているはずで、その際に放出されたニュートリノは宇宙全体に「超新星背景ニュートリノ」として蓄積されています。このようなニュートリノは宇宙全体に広がってしまっているので、地球での密度はそれほど多くないですが、ハイパーカミオカンデならば、十分とらえられると考えられています。超新星背景ニュートリノをとらえることで宇宙の歴史と進化について新たな知見が得られます。

暗黒物質探索

宇宙からは「暗黒物質」が出すニュートリノも飛来しているかもしれません。現在、暗黒物質は多くの証拠によりその存在を疑う余地がありません。しかしその正体は全く不明で、さまざまな新しい素粒子が候補として提案されています。宇宙を飛び回っているはずのそのような素粒子の暗黒物質は、銀河中心や太陽、それに地球などの重力に捕まってそれぞれの天体の中心に蓄積されることが考えられます。すると他の暗黒物質と出会って消滅し、ニュートリノを生成することが期待されます。

ハイパーカミオカンデでは、とらえたニュートリノの方向がわかるため、銀河中心や太陽から来たニュートリノだということがわかります。巨大な水のニュートリノ望遠鏡で、暗黒物質で作られたニュートリノを探し出せれば、宇宙物理学と素粒子物理学に革新的な進展をもたらすことができます。

太陽や地球内部で暗黒物質同士が反応して生成したニュートリノをとらえる。

陽子崩壊探索

素粒子標準理論は正しい?

ヨーロッパにある大型加速器LHCにおけるヒッグス粒子発見により、素粒子物理のしくみを説明する「標準理論」は完成しました。

標準理論は、原子核を構成するクォークと電子の仲間のレプトン、そしてそれらに働く、弱い力、強い力、電磁気力の3種類の相互作用から成り立ち、今のところ標準理論からかけはなれた実験結果は得られていません。

しかし、標準理論は「なぜクォークとレプトンの2種類の粒子が存在するのか?」「なぜそれぞれ3世代ずつあるのか?」「なぜ3種類の相互作用が存在するのか?」等の根本的な問いには答えてくれません。 このことから、標準理論の先にもっと大きな理論的枠組みが存在すると考えられています。

図1:素粒子標準理論

大統一理論が正しければ陽子はいつか壊れる

電磁相互作用、強い相互作用、弱い相互作用の強さは図2のようにエネルギーによって変化することがわかっています。これらを現在まで実験的に到達しているエネルギー領域から1016GeVという宇宙創成時の超高エネルギー状態まで拡張すると、3つの相互作用は一点に集約されると予想されます。このことから、標準理論ではバラバラだった粒子と相互作用を統一し、残された根本的な問いに答えてくれる「大統一理論」が存在すると考えられています。このような超高エネルギー状態は、加速器を使っても再現することはできません。また、大統一理論においては陽子・中性子を構成するクォークと電子の仲間のレプトンの垣根を取り払えることがもうひとつの特徴です。これにより大統一理論は、全ての物質の原子核を構成する陽子もいつかは壊れることを予言しています。すなわち、陽子崩壊の探索は大統一理論を検証する鍵なのです。

図2:相互作用の統一

巨大水槽で陽子の寿命をはかる

では陽子の寿命はどのくらいなのでしょうか?

さまざまな大統一理論モデルが提唱されていますが、概ね1030年以上(!)と予想されています。宇宙の年齢がおよそ138億年ですから、途方もない長さです。もちろん、1つの陽子を1030年以上も観測することはできません。しかし、粒子の寿命というのは最初にあった個数から壊れて1/2.72に減った時間を意味します。たとえ観測時間が短くとも、最初にたくさんの陽子を用意しておけば陽子の寿命を計ることができます。このため陽子崩壊観測のためには、巨大な検出器が必要になります。

現在、陽子崩壊に対する感度がもっとも高いのはスーパーカミオカンデで、検出器内の純水中に含まれる7.5×1033個の陽子を12年以上観測し続けていますが、いまだに陽子崩壊を観測しておらず、陽子の寿命は少なくとも1034年以上と見積もられています。

図3:2個のアップクォークと1個のダウンクォークからなる陽子が陽電子と中性パイ粒子に崩壊する、典型的な陽子崩壊の一例。

図4:ハイパーカミオカンデで期待される陽子崩壊の信号。現在の陽子寿命下限値とハイパーカミオカンデ10年の観測を仮定。プロットは信号とバックグランドを合わせたもの。上図は陽子の運動量が低い領域(< 100 MeV/c)の分布で、下図は運動量が高い領域(100~250 MeV/c)を表す。プロットは信号とバックグランドを合わせたもの。ハッチ部はバックグランドのみ。

ハイパーカミオカンデは、スーパーカミオカンデの約10倍の体積を誇る巨大検出器です。ハイパーカミオカンデが稼働すると、現在のスーパーカミオカンデの結果をたった2年で追い越すことができます。図3に典型的な陽子崩壊の様子が描かれていますが、ハイパーカミオカンデでは崩壊の結果生じた粒子から陽子の質量(938 MeV/c2)と運動量を再構成することができます。もし陽子の寿命が現在得られている下限値程度だと仮定すると、ハイパーカミオカンデでは図4のようにはっきりと陽子崩壊をとらえることが可能です。特に運動量が低い領域(100MeV/c未満)ではほとんどバックグランドがなく、数個イベントが見つかっただけで陽子崩壊の発見が決定的になります。

ハイパーカミオカンデは10年間の観測で、現在得られている下限値よりも1ケタ長い陽子の寿命まで感度があり、提唱されているさまざまな大統一理論のモデルの予言の大部分を検証することが可能です(図5)。ハイパーカミオカンデは陽子崩壊を発見し、大統一理論とその先にある物質の根源と宇宙生成時の謎に挑戦します。

図5:さまざまなモデルの予言とハイパーカミオカンデの感度。ハイパーカミオカンデでは、過去の実験よりも飛躍的に陽子崩壊に対する感度が飛躍的に向上する。

動画で見る陽子崩壊