【論文紹介】ダークマターの非弾性散乱の探索 2019年6月14日

ダークマターの非弾性散乱とは、ダークマターがキセノン原子核を跳ね飛ばして速度を与えるだけではなく、原子核のエネルギーを高い状態(励起状態)にする現象のことを云います。励起状態の原子核はガンマ線を放出して元の状態に戻ります。

この反応が起きるには、ダークマターが「スピン」という物理量を持っている必要があります。従ってもしこの現象が観測されれば、それはダークマターの発見に留まらず、その性質に迫ることもできます。未だこのダークマターと原子核の非弾性散乱は観測されていません。

XMASSで用いているキセノンは様々な同位体を含んでいますが、その26%を占める、キセノン129がダークマターと非弾性散乱を起こすことができます。キセノン129はダークマターによって励起されると、即座に40keVのエネルギーを持つガンマ線を放出します(図1)。

図1: キセノン129原子核とダークマターの非弾性散乱。赤矢印はスピンを表している。励起されたキセノン129原子核( 129Xe* )は40keVのガンマ線を放出して元の状態に戻る。

XMASSでは、この現象は「40keVのガンマ線 + 原子核の反跳」として観測されます。従って観測されるエネルギーは図2のようになります。ダークマターの質量はある決まった値を持つはずですが、その値は判っていないため、この図のように、ダークマターの信号スペクトルをその可能性のある質量ごとに計算し、実験で得たエネルギースペクトルの中にその信号スペクトル成分が含まれているかを探索しました。具体的にはデータ中の信号スペクトルの強度(事象の頻度に相当)を求め、その強度が有意に0より大きければ、ダークマターの非弾性散乱が観測されたと結論づけることができます。同時にその質量についての情報も得ることができます。信号スペクトルの強度が有意でなければ、ダークマターと我々の身の回りの物質(ここでは通常物質と呼びます)の相互作用する確率に上限を与えることになります。

図2: キセノン129とダークマターによる非弾性散乱で観測されるエネルギースペクトル。 40keVのガンマ線に加え、原子核の反跳が観測される。この2つはほぼ同時に発生するため、実験ではこれらのエネルギーの和が観測される。この図はダークマターの質量が20, 200, 2000 GeV/c2と仮定した場合のスペクトルを示している。ダークマターの質量が大きいほど原子核が跳ね飛ばされて得る運動エネルギーが大きくなり、スペクトルが右に尾を引く。

今回、XMASS実験では800.0 日分のデータの中から、この現象を探索しました。その結果、信号スペクトルの強度は0と矛盾しないことがわかりました。つまり、残念ながらダークマターの発見はありませんでした。しかし、この探索結果を用いてダークマターと通常物質が相互作用する確率に上限を与えることができます。ここではダークマターと原子核中の中性子の相互作用する確率を求めました[1]。この確率は「断面積」という値で表され(記号σneutron)、質量200 GeV/c2のダークマターについては
σneutron < 4.1×10-39 cm2
という上限を与えました。

図3は観測されたエネルギースペクトル(黒点)、断面積が上記の上限値の場合におけるダークマター(質量200 GeV/c2)による非弾性散乱の信号スペクトル(赤)、及び放射性不純物由来のノイズ事象のエネルギースペクトル(その他の色)です。この図の非弾性散乱現象の信号スペクトルは、データとノイズの量から考えられる、信号の量の上限値 (信頼度90%)を示しています。

図3: 今回の探索で使用されたデータのエネルギースペクトル(黒点)と、断面積が上限値(信頼度90%)の場合の200 GeV/c2ダークマターによる非弾性散乱現象(赤)およびノイズのエネルギースペクトル。ノイズとしては、ヨウ素125(緑網目)、炭素14(黄色)、アルゴン39(赤紫)、クリプトン85(青)、鉛214(水色)、キセノン136(茶色)、検出器壁面からのガンマ線(灰色)を考慮した。ノイズの量はキセノンの純度や検出器の較正などによって変動するため、ノイズの状態によってデータを4つの時期(Period)に分け、ダークマターを探索した。非弾性散乱現象の有意な観測はなかった。

図4は20 GeV/c2から10000 GeV/c2のダークマターに対する同様の断面積の上限と、これまでの実験的制限の比較です。この探索では、過去のXMASSにおける探索結果(2014年)とXENON100という他の実験グループによる探索結果(2017年)よりも、10倍の感度向上を達成し、2019年6月現在、非弾性散乱探索に於いて世界で最も厳しい断面積の上限を与えています。

図4: 非弾性散乱探索により求めた、ダークマターと中性子の断面積の上限。赤細線は過去のXMASSの結果(2014)、青細線はXENON100による結果(2017)、赤太線が今回のXMASSでの探索結果を示している。今回の探索結果は非弾性散乱探索において、世界一厳しい断面積の上限を与えた。

[1]原子核のあるモデルでは、キセノン129原子核全体では中性子の個数は奇数個であることから、中性子のスピンが完全には打ち消し合わずに残り、非弾性散乱を起こすことができます。陽子の個数は偶数であるため、陽子同士が対を作ってスピンを打ち消し合ってしまい、非弾性散乱を起こす確率は中性子よりも大変小さくなってしまいます。