【論文紹介】XMASS-I検出器のための低放射能光電子増倍管開発 2019年5月15日

暗黒物質からの信号の探索方法は、暗黒物質以外のものからの信号を可能な限り減らし、そこに見えてくる信号を探すというやり方です。低い頻度の信号を観測できることが重要で、どこまで低い頻度まで観測を行うことができるかが観測の感度を決定することになります。そのためには、暗黒物質以外のもの(主に岩盤や検出器からの放射線です)から発生する信号(ノイズ事象、あるいはバックグラウンド事象と呼びます)を可能な限り減らすことが重要になってきます。

XMASS実験では、すべての検出器素材に含まれる放射線を徹底して減らしています。中でも信号である光を検出する光電子増倍管は使用数が多いことと、光検出器としての性能を確保するために交換の難しい特殊な部材を多く用いることから特に放射線量が多く、またその低減も簡単ではなかったため、特別に開発を行う事が必要でした。

XMASSの開発研究のために使用したR8778 という光電子増倍管(こちらも特別に開発された低放射線の光電子増倍管でしたが XMASS-I 検出器にとっては放射線量が多すぎました)をベースとして、浜松ホトニクスとの協力のもとで開発が行われました。

高感度で放射線の測定を行うことができる高純度ゲルマニウム検出器での放射線量の測定と、質量分析器を用いた放射性同位元素を含む元素の量の測定から、光電子増倍管のすべての部材について放射線量の多い部材の特定を行い、それを放射線量の少ないものと取り換えるという方法を基本として新しい光電子増倍管 R10789の開発は進められました。

図1に実際に開発された光電子増倍管の写真と各部品の位置がわかる内部構造の模式図が示してあります。

図1 開発された光電子増倍管 R10789(左図)、内部構造の模式図(右図)

両方の図で左側にあるのが合成石英でできている窓で(Quartz window)、ここから光が入って信号として観測されます。内部はこの石英窓と外周の金属の筒状の構造(Body, hex cylinder、 Body, cylinder)、それと同じ金属からできた円筒端部のステム(Stem)と言われる円板によって真空に保たれています。電極(Electrode)とダイノードはステンレス製の部品で信号の増幅を行います。このダイノードを内部で支持しているのが石英のダイノード支持基板(Quartz dynode support)です。

ベースとなったR8778の部材の中で特に放射線量が多かったのが、ガラスでできていたステムと、セラミックでできていたダイノード支持基板でした。ガラスやセラミックは放射線量の少ないものを入手することが難しかったのですが、素材から変更をすることによって大幅に放射線量の低減をすることができました。ステムはガラスからコバールという金属に、ダイノード支持基盤はセラミックから合成石英に変更されました。

図3に開発された R10789 の放射線量がまとめてあります。図2はベースとなった R8778 の放射線量です。

238U chainと226Ra として示してあるのはどちらも 238U系列と呼ばれる特定の放射性同位元素の集まりです。238U を親としてそこからできる放射性同位元素をまとめたものです。232Th chain と 228Ra は 232Th系列と呼ばれる別の放射性同位元素をまとめた集まりです。この2つはほとんどのものに含まれていて、こういった実験では常にバックグラウンドとなる放射線源です。

放射線量の単位はベクレル(1秒間に崩壊するその放射性同位元素の数)で光電子増倍管1本あたりの量で示してあります。

図2 ベースとなった R8778 の放射線量、単位は mBq/PMT
図3 開発されたR10789 の放射線量 mBq/PMT

R10789 では 238U系列と232Th系列、そして40Kについてはほぼ一桁放射線量を低減することができました。

60Coはほとんどがコバール金属に含まれるものです。R8778でも外周の円筒部にはコバール金属が用いられていますが、コバール金属は開発時には代替できるものがなく、低減は当初から難しいと考えていましたが、それでも半分に減らすことができました。ここで開発されたR10789はXMASS-I検出器で実際に使用されています。

現在ではより放射線量の少ない浜松ホトニクスの光電子増倍管が開発されていますが、R10789は低放射線量光電子増倍管開発において初めてコバール金属のステムや石英のダイノード支持基板が用いられた重要なマイルストーンとなる光電子増倍管でした。