年頭のご挨拶
2010年1月12日
皆さま、新年おめでとうございます。
今年は、神岡宇宙素粒子研究施設にとって、研究上の大きな転換を迎える重要な年であります。東海村の大型陽子加速器コンプレックス(JPARC)で作られるニュートリノを295km離れたスーパーカミオカンデにおいて測定する、新しい長基線ニュートリノ振動実験が本格的になります。1999年から2004年までKEKの陽子加速器を用いたK2K実験の、実に50倍の強度のニュートリノを用い、ミューニュートリノが電子ニュートリノに変化する現象、すなわち一連のニュートリノ振動現象の微弱な最後の未知現象を見つけます。発見には、数年かかるかも知れませんが、今年、その第一歩を踏み出します。この現象の発見は、宇宙の物質起源の研究の将来の展開に結び付く重要なものです。
XMASSと呼ばれる暗黒物質探索実験もデータ収集がはじまります。現在建設中ですが、春には完成し、1トンの液体キセノンを用いて宇宙に充満する暗黒物質を捕えます。暗黒物質は我々の知っている物質の5~6倍は宇宙に存在し、未知の素粒子ではないかと言われていますが、直接的な検証はいまだになされていません。XMASS実験では、これまでの実験感度の100倍あり、発見の可能性が高いとされています。
スーパーカミオカンデ(SK)を改良して、さらに強力な測定器にする計画も、開発研究が佳境になります。SKにガドリニウムを加えると、これまで、観測しにくかった中性子を、明瞭に検出することができるようになります。宇宙には、星形成の情報を背負っている過去の超新星からのニュートリノが蓄積しています。このニュートリノの検出感度は、中性子を同定することで飛躍的に増大します。また、陽子崩壊探索の感度も向上します。
スーパーカミオカンデの20倍以上の規模を持つ、大型水チェレンコフ装置の開発研究の本格的始動も期待されるところです。
現在神岡では、若い人たちが先頭にたって、これらのプロジェクトを推進しています。国内外からも多くの研究者が、共同研究・共同利用研究を行っています。今年も、神岡の実験、基礎科学の実験を、ぜひご支援ください。われわれも、多くの人にわかりやすく成果を説明する機会を持っていきたいとおもいます。
昨年は、政権交代にともない予算の見直しが様々な分野で行われ、神岡で推進している基礎科学分野も例外ではありませんでした。文科省予算の区分で、神岡の予算が含まれている「特別教育研究経費」も、事業仕分けにより「縮減」との評定を得、次年度以降研究がどのように推進していけるのか、心配していたところでありました。1月7日に予算の内示があり、スーパーカミオカンデの維持運転・実験等にかかる経費には縮減はありませんでした。これまで同様に研究の推進ができることになりました。
様々な方々から、支援のお言葉、励ましのメッセージをいただきました。また、文科省の国立大学法人予算に関するパブリックコメントには、1,400件意見が寄せられたそうで、「特別教育研究経費」に関しては、縮減とした「事業仕分けの結果」に97%が反対だったそうです。ご支援をいただいた方々に、深く感謝いたします。
今回の事態は、我々にとっても、研究の意義や税金をつかっていることの意味等について、改めて考えされられる機会となりました。
しばしば「お前たちの研究は、社会に役に立っているのか」という質問を受けることがあります。もちろん、産業界や日常生活に役に立っていることを言うことも可能です。高感度な光センサーの開発、高純度な溶接方法の開発などは、我々の研究のための開発から企業が特許を出したものです。また、歴史を振り返ると、1925年頃にできた、物理学の基礎理論である量子力学は、現在の産業の米である半導体の機能を理解するうえで欠かせないものです。また、カーナビゲーションでおなじみのGPSにも1915年にアインシュタインが作った、重力理論である一般相対性理論からの補正項が使われています。長期的な視点からすると、基礎科学も多くのことに役に立っています。しかし、これらの「役立ち方」を強調しすぎると、われわれのやっていることを逆に捻じ曲げてしまうのではないでしょうか。基礎科学の「科学」はサイエンスの日本語訳であり、サイエンスの語源は、ラテン語のサイエンティア、すなわち「知ること」なのです。サイエンスは我々が持つ疑問の答えをみつけだそうとすること、取り巻く世界を理解することです。宇宙の成り立ち、なぜ我々はここにいるのか、物質の究極の姿は、などなどの疑問に答えようとするのがサイエンスです。この探求から、「知識」が得られ、「体系的な学問」へと発展してきました。人類の知的活動の基礎的な土壌、人類の共通の知識、人類の「叡智」とでもいうべきものがこうしたなかでも培われてきたのです。この中から、長期的にみると直接「役に立つ」ものも出てきました。しかし、われわれは、あくまで、今、「分からないことを分かろう」としているのだ、というのが、サイエンスを行うことの正直な言い方だとおもいます。
しかし、これに、お金が多くかかるようになってくると、自己満足的な「真理の探求」だけではすまない状況になります。役に立たない「科学」の意義が、広く社会で納得される必要があります。研究者の責任として、研究の成果、面白さ、「サイエンス」の意義を、分かりやすく社会に発信・説明する必要があります。すぐには役に立たない、一見無駄なものに、ある程度投資することは、成熟した社会の指標であるかもしれません。「無駄」を大切にする社会が、実は、人間にとっては、より住みやすい、価値のある社会かもしれません。
実際にどれだけサイエンスに国の予算を使うのかは、このような認識のもとに「政治」が決めてゆくのだとおもいます。しかし、基礎科学への投資をどれだけやるのかは、短期的な目に見える結果や成果で決めるのではなく、上に述べた観点から、基礎科学の成果を、人類全体の財産として考え、その上で、長期的な視野にたって決めていく必要があるのではないでしょうか。
今後とも、研究に対するご理解とご支援を、よろしくお願いします。
2010年1月10日
宇宙線研究所
神岡宇宙素粒子研究施設長
鈴木洋一郎
