背景1
背景2

研究内容

T2K実験

東海ー神岡(Tokai to Kamioka)長基線ニュートリノ振動実験

K2K実験からT2K実験へ

スーパーカミオカンデは1998年、大気ニュートリノの観測により、ミューニュートリノが飛行中に別の種類のニュートリノに変化する、「ニュートリノ振動」という現象を発見しました。  ニュートリノ振動現象は、ニュートリノが質量を持つときだけ起きることから、この観測によって、それまで零だと考えられていたニュートリノが有限な質量を持つことが実験的に明らかにされました。このニュートリノ振動を、人工ニュートリノを用いた実験で確認するためのK2K(KEK to Kamioka)実験が、1999年から2004年にかけて行われました。

K2K実験は、茨城県つくば市にある、高エネルギー加速器研究機構の加速器を用いて作られたニュートリノを、250km離れたスーパーカミオカンデによってとらえることで、ニュートリノが飛行するうちに生成時とは別の種類のニュートリノに変化する様子を観測しようとする、世界で初めての長基線ニュートリノ振動実験でした。観測の結果、大気ニュートリノで発見されたニュートリノ振動を99.9%以上の精度で確認することができました。

map

このK2K実験の成功をふまえ、さらに強力かつ高性能なニュートリノビームで、精密にニュートリノ振動を研究しようというT2K(=Tokai to Kamioka)実験が2009年4月から始まりました。

T2K実験は、茨城県東海村の大強度陽子加速器施設(JPARC)で作られた世界最大強度のニュートリノビームを295km離れたスーパーカミオカンデに打ち込みます。K2K実験の約50倍の強度のニュートリノビームを使って、ニュートリノ振動に関する精密な研究が期待されます。

T2K実験は、国際的な共同研究です。日本はもちろんのこと、アメリカやカナダ、ヨーロッパなど12か国から約400人の研究者が参加しています。

加速器ニュートリノがなぜ必要か

太陽ニュートリノ、大気ニュートリノはすべて自然に作られたニュートリノです。したがって、生成されるニュートリノの情報を正確に知ることはできません。また、飛来するニュートリノのエネルギーにも幅があります。

ニュートリノ振動を正確に測定するには、ニュートリノ生成点での情報を正確に把握し、長い距離を飛行した後の情報と比較する必要があります。そのため、人工的に生成したニュートリノであれば、生成点でのエネルギーや数などを正確に知ることができます。また、生成するニュートリノのエネルギーを決めることができるので、最もニュートリノ振動の効果が大きいエネルギー範囲に絞ってニュートリノを作ることもできます。

このように、ニュートリノ振動を正確に測定するためには、加速器で人工的に作られたニュートリノを用いることが大変有用です。

実験の目的

ニュートリノは宇宙の進化の途中で大きな役割を果たしてきたと考えられています。たとえば、この宇宙には反物質が極端に少なく、物質によって満たされている原因を、ニュートリノと反ニュートリノの振動の違いによって説明するというアイデアもあります。  現在までにニュートリノの性質を調べる研究は多数行われてきましたが、まだ全容の解明には至っていません。特に、物質と反物質の量の違いに関係すると考えられる、ニュートリノと反ニュートリノの振動の違いについては、まだほとんどわかっていません。  T2K実験では、加速器で強力なニュートリノと反ニュートリノビームを作ることができるので、これらを用いることでニュートリノの持つ性質を深く探る研究を行うことができます。

ニュートリノ振動は、ニュートリノの混ざり具合を示す3つの混合角(θ12、θ23、θ13)と、ニュートリノの質量の二乗差2つ(Δm212、Δm232)、そして、ニュートリノと反ニュートリノそれぞれの振動の違いを表すパラメータ(δ)を用いて表すことができると考えられています。  太陽ニュートリノの観測による、電子ニュートリノからミューニュートリノへの振動現象の観測、ならびに、原子炉ニュートリノからの反電子ニュートリノから反ミューニュートリノへの振動現象の観測から、ニュートリノ振動に関わるパラメータのうち、θ12、 Δm212が測定されました。また、大気ニュートリノ観測やK2K実験などにおいてミューニュートリノからタウニュートリノへの振動が確認され、θ23、Δm232が測定されました。

残ったθ13に関しては、2009年に至っても、原子炉からの反電子ニュートリノ観測から上限値が求められただけでした。  T2K実験では、質の良いデータを大量に得ることができるため、未発見のミューニュートリノから電子ニュートリノへの振動を発見し、θ13を測定することが期待されていました。そして、2011年世界で初めてミューニュートリノから電子ニュートリノへ変化する、電子ニュートリノ出現事象の兆候をとらえ、θ13を測定することに成功しました。(詳しくはこちら))さらに観測を重ね、2013年には、その決定的証拠を得ることができました。これにより3つのニュートリノ振動のうち全ての振動を実験的に確認することができました。

また、測定されているθ23、Δm232についても、これまでよりもさらに正確に測定することができるようになります。2015年現在、既にこれらのパラメータの測定は、T2K実験が世界で最も高い精度での測定に成功しています。

有限なθ13が測定された現在は、反ミューニュートリノビームをスーパーカミオカンデに打ち込み、ニュートリノ振動と反ニュートリノ振動の違いを測定することにより、物質と反物質の非対称性の謎を検証しようとしています。

J-PARCニュートリノビームは世界最大強度

ニュートリノビーム

茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設(J-PARC)では、陽子シンクロトロンで陽子を50GeVまで加速します。加速された陽子を炭素の標的に衝突させると、π粒子が大量に発生します。このπ粒子は数十メートル走る間に、ミューオンとニュートリノに崩壊します。このニュートリノを神岡の方向に打ち込むのです。しかし、ニュートリノは電荷をもたないので、方向を制御することができません。そこで、ニュートリノになる前のπ粒子の時点で電磁ホーンで磁場をかけ、π粒子の方向を神岡の方向にそろえます。電磁ホーンで方向がそろえられたπ粒子は、長さ94mのディケイボリュームと呼ばれる空洞を走る間に、ミューオンとニュートリノに崩壊します。ディケイボリュームの終端には、グラファイト製のハドロン吸収体があり、ニュートリノ以外の粒子を止めることができます。

ビーム中心をスーパーカミオカンデから2.5°ずらす

K2K実験の場合と大きく異なるのが、ニュートリノビームの方向です。K2K実験の場合は、ニュートリノビームの中心をスーパーカミオカンデの方向に向けていました。しかし、T2K実験では、ビームの中心はスーパーカミオカンデの2.5°下にあります。

ビームの角度とニュートリノエネルギーとの関係

ニュートリノ振動はニュートリノのエネルギーと距離によって、振動の仕方が変わります。T2K実験の場合、ニュートリノの生成点から検出地点までの距離295kmに対して、最も振動の効果が大きくなるニュートリノエネルギーは0.5~0.7GeVです。この範囲にニュートリノのエネルギーを合わせることにより、より効果的にニュートリノ振動を観測することが可能になります。ニュートリノビームの中心をスーパーカミオカンデから2.5°ずらすことにより、π粒子のエネルギーのばらつきに依ることなく、ニュートリノのエネルギーを欲しい値に絞ることができます。これにより、ニュートリノ振動の効果をより精密に観測することができ、感度の向上が期待されます。

生成点での情報を得る

T2K実験では、ニュートリノが長い距離を走ったことによる変化を観測します。したがって、スーパーカミオカンデで観測する情報と、ニュートリノが生成した時の情報の両方が必要です。  ニュートリノ生成点での情報を得るために、炭素標的から280m地点に前置検出器を置きます。ビーム中心点に置かれた検出器では、ビーム方向やビームの安定性を測定します。スーパーカミオカンデ方向に置かれた検出器では、エネルギー分布などを測定します。

スーパーカミオカンデでJ-PARCニュートリノをどう見つけるか

スーパーカミオカンデは、2008年9月にデータ収集システムのアップグレードを行いました。それによって、全ての光電子増倍管からの信号を記録することができるようになり、1日当たりのデータ量は約500GBにもなります。その膨大なデータには、大気ニュートリノ、太陽ニュートリノ、宇宙線ミューオン、岩盤中のラドンの放射能などからの信号が含まれています。その中からJ-PARCからの人工ニュートリノを区別するために、以下のような方法を用いています。

J-PARCでのニュートリノは約3秒に1回、5マイクロ秒間(1マイクロ秒は100万分の1秒)発射されます。J-PARCでニュートリノが発射された時刻とスーパーカミオカンデで観測された反応の時刻は、GPS衛星の電波を使って正確に記録されます。 ニュートリノの発射時刻は、J-PARCから学術情報ネットワーク(SINET3)を利用してスーパーカミオカンデに伝えられます。その発射時刻に、J-PARC-神岡間のニュートリノの飛行時間(約1000分の1秒)を加えた時刻が、スーパーカミオカンデにJ-PARCからのニュートリノが到達する時刻になります。この時刻に検出された反応を選び出すことによって、J-PARCからのニュートリノを判別することができるのです。

t2k timing

J-PARCでのニュートリノビームは3秒間に1回、5マイクロ秒間、8回に分けて発射されます。

これまでの結果、そして今後

T2K実験では、大強度かつ高性能のニュートリノビームを用いることにより、ニュートリノ振動の精密な研究が可能になりました。
実験開始から2年後の2011年には、ミューニュートリノが電子ニュートリノに変化する電子ニュートリノ出現事象を確認し、θ13が有限の値を持つ兆候を世界で初めて観測しました。(関連記事はこちら)その後、海外の原子炉を用いた実験や、T2K実験において実際に値が測定されるに至りました。(関連記事はこちら)これにより、3つのニュートリノ振動の全ての振動が観測されました。

t2k envent display

スーパーカミオカンデで検出されたJ-PARCからのミューニュートリノの候補。

t2k envent display

スーパーカミオカンデで検出された電子ニュートリノ出現事象の候補。

しかし、ここで低いエネルギーの反ニュートリノを用いる原子炉実験から得られた結果と、比較的高いエネルギーのニュートリノを用いるT2Kから得られた結果に若干の違いが見えてきました。これは、ニュートリノと反ニュートリノの振動に違いがある可能性を示唆しています。  ミューニュートリノからタウニュートリノへのニュートリノ振動に関わる振動パラメータθ23、Δm232についてT2K実験は世界最高感度での測定に成功しています。しかし、現在はより高い精度の測定が求められており、これを実現するための努力が続けられています。

既に述べたようにθ13の値が測定され、これが研究者たちの予想よりも比較的大きかったこと、また、原子炉実験とT2K実験の結果に違いがあったことなどから、ニュートリノと反ニュートリノの振動の違いを調べることが次の大きな目標となりました。現在は、加速器で反ニュートリノビームを生成、神岡に打ち込み、振動の違いを直接検証するためのデータ収集が行われています。

T2K実験によって測定された、振動パラメータθ<sub>23</sub>、Δm<sup>2</sup><sub>32</sub>の許容領域

T2K実験によって測定された、振動パラメータθ23、Δm232の許容領域

T2K実験によって測定された、振動パラメータθ<sub>13</sub>、δ<sub>CP</sub>の許容領域

T2K実験によって測定された、振動パラメータθ13、δCPの許容領域

リンク