施設長より

神岡宇宙素粒子研究施設長

鈴木洋一郎

 本研究施設は岐阜県飛騨市にありますが、県の北のはずれに位置し、空の玄関口は富山空港になります。空港から車でわずか40分、人口50名に満たない閑静な山間の集落、神岡町東茂住に研究棟と共同利用宿舎があります。施設には20名の教員・研究員と3名の技術補佐員、3名の事務職員の他宿泊施設運用のための支援職員が常時勤務しています。

 

 本研究施設は1995年にスーパーカミオカンデ実験(SK)を推進するために設立されました。全国の大学・研究機関の共同利用施設であり、国公私立大学から、大学院生を含め多くの研究者がやってきます。また、SKは国際共同実験であり総勢約100名の研究者のうち半数近くが外国人です。米国の大学が多くを占めていますが、近年は韓国や中国そしてスペインからも研究者がやってきます。

 

  ここは世界のニュートリノ研究の最前線です。1996年から稼動したSKでは、1998年に大気ニュートリノの研究からニュートリノ振動という現象を発見しました。この結果は、これまで質量がゼロとされていたニュートリノが有限質量を持つ事を意味し、素粒子の標準理論の限界を示しました。新たな素粒子理論の枠組みを要求するものです。また2001年には太陽から来るニュートリノも振動していることを示しました。これらの重要な結果は自然に作られるニュートリノを観測することで得られましたが、1999年からは、つくば市にある高エネルギー加速器研究機構の陽子加速器で作られる人工ニュートリノを250km離れたSKで測定するという長基線ニュートリノ振動実験(K2K実験)も行いました。2004年に大気ニュートリノ振動が正しいことを確認し、実験を完了しました。自然現象の観測と人工ニュートリノによる実験の両方でニュートリノに質量があることが見つかったことになります。K2K実験の延長として、東海村に作られる新しい加速器を用いたニュートリノ振動実験が2009年4月から始まります。これは、ニュートリノ振動現象の中で未発見のいわば「最後のニュートリノ振動」を発見するためのものです。

 

 地下実験室は、研究棟から車で15分ほどのところにあります。坑口から水平に1.7km入ったところが地下1000メートルの実験室です。ここでは宇宙線のバックグラウンドが地表に比べて10万分の1になり、宇宙線に起因するバックグラウンドが少ないきれいな環境になっています。したがって、ニュートリノ反応のように稀にしか起こらない事象を捕まえるのに適しています。また、大深度の地下は地面振動が小さく、時空の歪を検出する重力波検出装置や地殻の歪を検出する地球物理学研究実験装置などにとっても非常に有効です。SKの成果により、近年このような地下の実験環境の重要性が認識され、世界各地で新たな地下実験室を作る動きが広がっています。

 

 神岡施設でも、SKと相補的な研究が開始されています。最近、宇宙を満たす物質とエネルギーについての知識が格段に増加し、我々は今、その73%がダークエネルギーという、現在もまだ加速膨張を続けてゆく宇宙に必要なエネルギーであり、23%は光を発せず重力的にしか観測することができていないダークマター、そして、残りのわずか4%が我々の知っている分子・原子などの物質であることを知っています。このダークマターは新しい素粒子であるという説が有力で、ダークマターを直接観測できると、宇宙の構造形成のなぞに大きくせまれるばかりか、新たな素粒子の発見にも結び付く可能性があります。本施設では、2009年夏の観測開始を目指し、液体キセノンを使った検出装置(XMASS)の建設が進んでいます。

 

 地下の環境を十分に利用したいくつかの共同利用実験も行われています。地下空間を提供するという形の新たな共同利用の形態です。重力波検出器の試験機(CLIO)の運用、レーザー伸縮計や超伝導重力計を用いた、地震や地球物理学の研究などは、かなり前から行われています。重力波の研究も最初は一般相対性理論の検証ということになりますが、その後は、重力波を用いた天体の研究に移行します。宇宙と素粒子の両方の研究を推進することは、ニュートリノの研究で示されたように、本施設で行う研究の特色です。新たな展開として、XMASS実験と全く違った方法でダークマターを検出しようとする実験も開発研究が進展しています。もうひとつの重要なテーマであり、反ニュートリノとニュートリノの同一性を探求する2重ベーター崩壊という現象を探す実験も準備が進んでいます。

 

 このような、地下を使った新しい研究分野として Astroparticle Physics という言葉も使われますが、陽子崩壊や2重ベーター崩壊の研究も我々の行う重要な研究のテーマであり、これらの分野の総称としては「観測的素粒子実験」という名称の方が適切かもしれません。

 

2009年1月

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